高校物理では、万有引力による位置エネルギー $U = -GMm/r$ を公式として覚えます。
「なぜマイナスなのか」は直感的に分かりにくく、多くの受験生がつまずくポイントです。
また、脱出速度 $v = \sqrt{2GM/R}$ も公式として暗記することになります。
大学物理では、M-5-3で学んだ「力とポテンシャルの関係 $F = -dU/dr$」を応用して、
万有引力のポテンシャルを導出します。
無限遠で $U = 0$ と置く理由、マイナスになる理由がすべて論理的に説明できます。
さらに、エネルギー保存を使って脱出速度を導出します。
この記事では、万有引力のポテンシャルの導出から脱出速度の計算、
そして力学的エネルギーの値と軌道の種類の関係まで見通します。
高校物理では、万有引力による位置エネルギーと宇宙速度を次のように学びます。
高校の範囲での難しさを整理しておきます。
$U = -GMm/r$ を自分で導出できる。 M-5-3で学んだ $F = -dU/dr$ の関係を使い、万有引力を積分するだけです。 公式の暗記ではなく、導出の道筋を理解できます。
マイナスの意味が完全に理解できる。 無限遠($U = 0$)から近づくと引力が正の仕事をし、運動エネルギーが増え、 位置エネルギーは下がる。だから負になります。
エネルギーの値で軌道の種類が決まることを理解できる。 $E < 0$ で束縛軌道(楕円)、$E = 0$ で放物線、$E > 0$ で双曲線。 脱出速度は $E = 0$ の境界条件として導出されます。
M-5-3で、保存力とポテンシャル(位置エネルギー)の関係を学びました。 1次元の場合、力 $F$ とポテンシャル $U$ の間には次の関係があります。
$$F = -\frac{dU}{dr}$$
これを逆に使えば、力からポテンシャルを求めることができます。 万有引力 $F(r) = -GMm/r^2$ を積分してみましょう。
$F = -\dfrac{dU}{dr}$ より $U = -\displaystyle\int F\,dr$。
万有引力は $F(r) = -\dfrac{GMm}{r^2}$ なので:
$$U(r) = -\int \left(-\frac{GMm}{r^2}\right) dr = \int \frac{GMm}{r^2}\,dr$$
$\dfrac{1}{r^2} = r^{-2}$ の積分は $\dfrac{r^{-1}}{-1} = -\dfrac{1}{r}$ なので:
$$U(r) = -\frac{GMm}{r} + C$$
ここで積分定数 $C$ は基準点の選び方で決まります。 無限遠($r \to \infty$)で $U = 0$ とする慣習を採用すると:
$U(\infty) = 0 + C = 0$ → $C = 0$
したがって:
$$U(r) = -\frac{GMm}{r}$$
$$U(r) = -\frac{GMm}{r}$$
導出結果が正しいか、$U = -GMm/r$ を $r$ で微分して力が再現されるか確認しましょう。
$$F = -\frac{dU}{dr} = -\frac{d}{dr}\left(-\frac{GMm}{r}\right) = -GMm \cdot \frac{1}{r^2} = -\frac{GMm}{r^2}$$
確かに万有引力(引力なので負の符号)が再現されます。ポテンシャルの導出が正しいことが確認できました。
ポテンシャルの基準点は自由に選べます。地表を基準にすることもできます。 しかし万有引力の場合、無限遠を基準にするのが最も自然です。理由は2つあります。
(1) 万有引力は $r \to \infty$ でゼロになるので、「力がゼロの場所でポテンシャルもゼロ」という自然な基準になる。
(2) 地表付近の $mgh$ は、実は $U = -GMm/r$ を地表付近で近似したものです($r = R + h$ として $h \ll R$ の場合に展開すると $U \approx -GMm/R + mgh$ となり、定数を除けば $mgh$)。つまり高校の $mgh$ と大学の $-GMm/r$ は矛盾しておらず、後者のほうがより一般的な式です。
$U = -GMm/r$ が常に負であることは、導出の過程から自然に理解できます。
無限遠にある物体($U = 0$)が万有引力に引かれて天体に近づいていく場面を考えましょう。
誤解:「マイナスのエネルギーは物理的におかしい」
正しい理解:ポテンシャルエネルギーの値は基準点の選び方に依存します。 物理的に意味があるのはポテンシャルの差(2点間のエネルギー差)であり、 絶対値そのものではありません。 マイナスであること自体は「基準点(無限遠)よりエネルギーが低い」ということを表しているだけです。
天体の表面(半径 $R$)から物体を打ち上げ、無限遠に到達させるために必要な最小の速度が脱出速度(第二宇宙速度)です。
「無限遠にぎりぎり到達できる」とは、無限遠で速度がちょうどゼロになる($K = 0$, $U = 0$)ことです。 つまり、無限遠での力学的エネルギーがゼロです。
地表での力学的エネルギー $=$ 無限遠での力学的エネルギー:
$$\frac{1}{2}mv_{\text{esc}}^2 + \left(-\frac{GMm}{R}\right) = 0 + 0$$
整理すると:
$$\frac{1}{2}mv_{\text{esc}}^2 = \frac{GMm}{R}$$
$m$ で割って $v_{\text{esc}}$ について解くと:
$$v_{\text{esc}} = \sqrt{\frac{2GM}{R}}$$
$$v_{\text{esc}} = \sqrt{\frac{2GM}{R}}$$
脱出速度の本質は「力学的エネルギーがゼロ以上であれば、無限遠に到達できる」ということです。 $E = 0$ が脱出の境界条件であり、$E > 0$ なら余裕を持って脱出、$E < 0$ なら脱出できず束縛されます。
第一宇宙速度(地表すれすれを周回する速度)と脱出速度の関係を整理しましょう。
地表すれすれの円軌道で、向心力=万有引力より:
$$\frac{mv_1^2}{R} = \frac{GMm}{R^2} \quad \Rightarrow \quad v_1 = \sqrt{\frac{GM}{R}} = \sqrt{gR}$$
| 速度 | 式 | 地球での値 | 意味 |
|---|---|---|---|
| 第一宇宙速度 $v_1$ | $\sqrt{gR}$ | 約 7.9 km/s | 地表すれすれを周回 |
| 脱出速度 $v_2$ | $\sqrt{2gR}$ | 約 11.2 km/s | 重力圏から脱出 |
2つの速度の比は:
$$\frac{v_2}{v_1} = \frac{\sqrt{2gR}}{\sqrt{gR}} = \sqrt{2} \approx 1.41$$
脱出速度は第一宇宙速度の $\sqrt{2}$ 倍です。 これは偶然ではなく、エネルギーの観点から理解できます。
周回軌道では運動エネルギー $K = GMm/(2R)$、ポテンシャル $U = -GMm/R$ なので、 力学的エネルギーは $E = K + U = -GMm/(2R) < 0$(束縛状態)。
脱出には $E = 0$ が必要で、これは $K = GMm/R$(周回時の2倍の運動エネルギー)に相当します。 $K \propto v^2$ なので、速度は $\sqrt{2}$ 倍必要です。
万有引力のもとでの力学的エネルギーの値は、物体の軌道の種類を決定します。
$$E = \frac{1}{2}mv^2 - \frac{GMm}{r}$$
| エネルギー $E$ の値 | 軌道の種類 | 物理的意味 |
|---|---|---|
| $E < 0$ | 楕円(円を含む) | 束縛軌道。物体は天体から離れられない |
| $E = 0$ | 放物線 | ぎりぎり脱出。無限遠で速度ゼロ |
| $E > 0$ | 双曲線 | 余裕を持って脱出。無限遠でも速度あり |
M-6-3で学んだケプラーの法則と合わせると、次のように理解できます。
1977年に打ち上げられたボイジャー1号・2号は、木星や土星の重力でスイングバイ加速を受け、 太陽系の脱出速度を超えました。これらの探査機は太陽に対して $E > 0$ の双曲線軌道にあり、 太陽系から離れ続けています。
軌道の種類がエネルギーの正負で決まるという原理は、 人工衛星の設計から惑星探査まで、宇宙工学の基本です。
万有引力のポテンシャルは、力学の全体像をつなぐ重要な概念です。
Q1. 万有引力のポテンシャル $U = -GMm/r$ はどのようにして導出されますか。
Q2. 万有引力のポテンシャルが常に負になる物理的な理由は何ですか。
Q3. 脱出速度と第一宇宙速度の比 $v_2/v_1$ の値と、その理由を述べてください。
Q4. 力学的エネルギーが $E < 0$ の場合、物体の軌道はどうなりますか。
万有引力のポテンシャルとエネルギーの関係を、問題で確認しましょう。
質量 $M = 6.0 \times 10^{24}$ kg、半径 $R = 6.4 \times 10^6$ m の天体がある。$G = 6.67 \times 10^{-11}$ N m$^2$ kg$^{-2}$ として、次の問いに答えよ。
(1) この天体の表面すれすれを周回する速度(第一宇宙速度)を求めよ。
(2) この天体からの脱出速度(第二宇宙速度)を求めよ。
(3) (1)と(2)の比を求めよ。
(1) $v_1 = \sqrt{GM/R} = \sqrt{6.67 \times 10^{-11} \times 6.0 \times 10^{24} / (6.4 \times 10^6)} \approx 7.9 \times 10^3$ m/s $= 7.9$ km/s
(2) $v_2 = \sqrt{2GM/R} \approx 11.2$ km/s
(3) $v_2/v_1 = \sqrt{2} \approx 1.41$
(1) 向心力=万有引力から $v_1 = \sqrt{GM/R}$。
(2) エネルギー保存で $E = 0$ とすると $v_2 = \sqrt{2GM/R}$。
(3) $v_2 = \sqrt{2}\,v_1$ は天体の質量や半径によらない一般的な関係です。
質量 $M$、半径 $R$ の天体の表面から、質量 $m$ の物体を鉛直上方に初速 $v_0$ で打ち上げる。ただし $v_0 < v_{\text{esc}}$ とする。次の問いに答えよ。
(1) 物体が到達する最高点の天体中心からの距離 $r_{\max}$ を、$v_0$、$G$、$M$、$R$ を用いて表せ。
(2) $v_0 = v_{\text{esc}}/2$ のとき、$r_{\max}$ を $R$ を用いて表せ。
(1) $r_{\max} = \dfrac{1}{\dfrac{1}{R} - \dfrac{v_0^2}{2GM}}$
(2) $r_{\max} = \dfrac{4}{3}R$
(1) 最高点では速度ゼロなので $K = 0$。エネルギー保存:
$\dfrac{1}{2}mv_0^2 - \dfrac{GMm}{R} = 0 - \dfrac{GMm}{r_{\max}}$
$\dfrac{GMm}{r_{\max}} = \dfrac{GMm}{R} - \dfrac{1}{2}mv_0^2$
$\dfrac{1}{r_{\max}} = \dfrac{1}{R} - \dfrac{v_0^2}{2GM}$
(2) $v_{\text{esc}} = \sqrt{2GM/R}$ より $v_0 = v_{\text{esc}}/2$ のとき $v_0^2 = GM/(2R)$。
$\dfrac{1}{r_{\max}} = \dfrac{1}{R} - \dfrac{1}{2 \cdot 2R} = \dfrac{1}{R} - \dfrac{1}{4R} = \dfrac{3}{4R}$
$r_{\max} = \dfrac{4}{3}R$。天体中心から $4R/3$ の距離、つまり地表から $R/3$ の高さまで上がります。
質量 $M$ の天体の表面(半径 $R$)から、質量 $m$ の物体を速さ $v_0$ で打ち上げる。次の問いに答えよ。
(1) 力学的エネルギー $E$ を $v_0$、$G$、$M$、$m$、$R$ を用いて表せ。
(2) $E < 0$、$E = 0$、$E > 0$ のそれぞれの場合について、物体の運動を述べよ。
(3) 半径 $R$ の円軌道上を周回する物体の力学的エネルギーを求め、その値が必ず負であることを示せ。この結果とケプラーの第1法則の関係を述べよ。
(1) $E = \dfrac{1}{2}mv_0^2 - \dfrac{GMm}{R}$
(2) $E < 0$:束縛軌道(楕円)。物体は天体から無限に遠ざかることができず、周回する。
$E = 0$:放物線軌道。物体はぎりぎり脱出し、無限遠で速度ゼロになる。
$E > 0$:双曲線軌道。物体は脱出し、無限遠でも速度を持つ。
(3) 円軌道で $v^2 = GM/R$ なので $K = GMm/(2R)$、$U = -GMm/R$。
$E = K + U = GMm/(2R) - GMm/R = -GMm/(2R) < 0$。
$E < 0$ なので軌道は楕円。円は離心率 $e = 0$ の楕円であり、ケプラーの第1法則と整合する。
(1) 打ち上げ時点での運動エネルギー $K = \frac{1}{2}mv_0^2$ とポテンシャル $U = -GMm/R$ の和です。
(2) エネルギーの符号が軌道の種類を決定します。$E < 0$ では物体はポテンシャルの「井戸」に閉じ込められ、$E \geq 0$ では脱出可能です。
(3) 円軌道の力学的エネルギーはポテンシャルの半分の大きさで負です($E = U/2$)。 $G$, $M$, $m$, $R$ はすべて正なので $E = -GMm/(2R) < 0$ が常に成り立ちます。 $E < 0$ は束縛軌道(楕円)を意味するので、円軌道が楕円の特別な場合であるというケプラーの第1法則と矛盾しません。