第12章 光

レンズと鏡
─ 近軸近似と結像公式の導出

高校物理では、薄肉レンズの公式 $1/a + 1/b = 1/f$ を覚え、凸レンズ・凹レンズの作図法を使って像の位置や大きさを求めます。 公式の使い方を身につければ入試問題は解けますが、公式がどこから来るのかは説明されません。

大学物理では、この結像公式をスネルの法則と近軸近似($\sin\theta \approx \theta$)から導出します。 これにより、公式の成り立ちが理解でき、公式が成り立たない場合(収差)も予測できるようになります。

この記事では、球面での屈折から出発して薄肉レンズの公式を導き、さらに近軸近似が破れたときに何が起こるか(収差)を概観します。

1高校物理の道具を確認する

高校物理では、レンズについて次の道具を学びます。

薄肉レンズの公式(高校版)

$$\frac{1}{a} + \frac{1}{b} = \frac{1}{f}$$

$a$:物体とレンズの距離、$b$:像とレンズの距離、$f$:焦点距離。 凸レンズの $f > 0$、凹レンズの $f < 0$。

また、凸レンズ・凹レンズの作図では、次の3本の光線を使って像の位置を求めます。

  • 光軸に平行な光線 → レンズ通過後、焦点を通る
  • レンズの中心を通る光線 → そのまま直進する
  • 焦点を通る光線 → レンズ通過後、光軸に平行に進む

これらの道具は入試で十分に役立ちますが、次の疑問には答えられません。

  • $1/a + 1/b = 1/f$ はなぜこの形なのか。逆数の和になる物理的理由は何か
  • 焦点距離 $f$ は何で決まるのか。レンズの曲率半径や屈折率とどう関係するか
  • なぜ作図の3本の光線は正しいのか。本当にすべての光線が1点に集まるのか

2大学の視点で見ると何が変わるのか

高校 vs 大学:レンズの理解
高校:$1/a + 1/b = 1/f$ を暗記する
公式がなぜこの形なのかは問わない。焦点距離 $f$ はレンズ固有の定数として与えられる。
大学:スネルの法則から公式を導出する
近軸近似のもとでスネルの法則を適用し、結像公式を導ける。$f$ がレンズの曲率と屈折率で決まることが分かる。
高校:公式はいつでも成り立つと仮定
公式の適用限界を問わない。
大学:近軸近似の限界を理解する
$\sin\theta \approx \theta$ が崩れると収差が生じる。公式の限界が分かる。
高校:凸レンズ・凹レンズを別々に覚える
それぞれの性質を個別に暗記。
大学:符号規約で統一的に扱う
$f$ の符号だけで凸・凹を区別。公式は1つで済む。
この記事で得られること

結像公式を「導ける」ようになる。 球面での屈折(スネルの法則+近軸近似)から出発して、$1/a + 1/b = 1/f$ を自力で導出できるようになります。

焦点距離が何で決まるかを理解できる。 レンズメーカーの公式を通じて、焦点距離がレンズの曲率半径と屈折率で決まることが分かります。

公式の限界(収差)を予測できる。 近軸近似が破れるとどうなるかを知ることで、レンズ設計の基本的な考え方が見えてきます。

3球面での屈折 ─ 1つの曲面の結像公式

レンズの公式を導出するために、まず1つの球面での屈折を考えます。

近軸近似とは

光軸に近い(角度が小さい)光線だけを考える近似を近軸近似(paraxial approximation)と呼びます。 このとき、$\sin\theta \approx \theta$、$\tan\theta \approx \theta$ が成り立ちます。

近軸近似

$$\sin\theta \approx \theta, \qquad \tan\theta \approx \theta \qquad (\theta \ll 1, \text{ラジアン})$$

この近似により、スネルの法則 $n_1 \sin\theta_1 = n_2 \sin\theta_2$ は $n_1 \theta_1 = n_2 \theta_2$ となり、計算が大幅に簡単になります。

1つの球面での屈折

屈折率 $n_1$ の媒質と屈折率 $n_2$ の媒質が、曲率半径 $R$ の球面で接している場合を考えます。 光軸上の物体(球面からの距離 $s$)からの光が球面で屈折し、像(球面からの距離 $s'$)を作るとします。

球面屈折の公式の導出

光軸上の物点から出た光線が、球面上の点Pに到達する場合を考えます。Pでの法線は球面の中心を通ります。

光線と光軸のなす角を $\alpha$、法線と光軸のなす角を $\phi$、とすると、入射角は $\theta_1 = \alpha + \phi$、屈折角は $\theta_2 = \phi - \beta$($\beta$ は屈折光線と光軸のなす角)です。

スネルの法則に近軸近似を適用すると:

$$n_1(\alpha + \phi) = n_2(\phi - \beta)$$

$\alpha \approx h/s$、$\beta \approx h/s'$、$\phi \approx h/R$($h$ は光軸からの高さ)を代入すると:

$$n_1\left(\frac{h}{s} + \frac{h}{R}\right) = n_2\left(\frac{h}{R} - \frac{h}{s'}\right)$$

$h$ で割って整理すると:

$$\frac{n_1}{s} + \frac{n_2}{s'} = \frac{n_2 - n_1}{R}$$

球面屈折の公式

$$\frac{n_1}{s} + \frac{n_2}{s'} = \frac{n_2 - n_1}{R}$$

$s$:物体と球面の距離、$s'$:像と球面の距離、$R$:曲率半径。 この式は $h$(光軸からの高さ)に依存しません。 つまり近軸近似の範囲では、光軸からの高さに関係なくすべての光線が同じ点に集まります。
「像ができる」ことの意味

球面屈折の公式が $h$ に依存しないということは、光軸に近いすべての光線が同じ像点に集まることを意味します。 これが「像ができる」ことの数学的な根拠です。

もし近軸近似を使わなければ、光線の高さ $h$ によって集まる位置がずれ、鮮明な像は得られません。 これが収差の原因です。

4薄肉レンズの公式の導出

レンズは2つの球面で構成されています。球面屈折の公式を2回適用し、レンズの厚さを無視する(薄肉近似)と、結像公式が得られます。

2つの球面を組み合わせる

レンズの第1面(曲率半径 $R_1$)と第2面(曲率半径 $R_2$)について、球面屈折の公式をそれぞれ立てます。 レンズの屈折率を $n$、外部(空気)の屈折率を $1$ とします。

薄肉レンズの公式の導出

第1面(空気→レンズ):$\dfrac{1}{s_1} + \dfrac{n}{s_1'} = \dfrac{n - 1}{R_1}$

第2面(レンズ→空気):$\dfrac{n}{s_2} + \dfrac{1}{s_2'} = \dfrac{1 - n}{R_2}$

薄肉近似(レンズの厚さ $\to 0$)では、第1面の像が第2面の物体になるので $s_2 = -s_1'$ です。

2つの式を足すと:

$$\frac{1}{s_1} + \frac{1}{s_2'} = (n-1)\left(\frac{1}{R_1} - \frac{1}{R_2}\right)$$

$s_1 = a$(物体距離)、$s_2' = b$(像距離)とし、右辺を $1/f$ と定義すると:

$$\frac{1}{a} + \frac{1}{b} = \frac{1}{f}$$

レンズメーカーの公式

$$\frac{1}{f} = (n - 1)\left(\frac{1}{R_1} - \frac{1}{R_2}\right)$$

焦点距離 $f$ は、レンズの屈折率 $n$ と2つの面の曲率半径 $R_1, R_2$ で決まります。 高校ではレンズ固有の定数として与えられていた $f$ が、レンズの形状と材質から計算できることが分かります。
落とし穴:$1/a + 1/b = 1/f$ の「逆数」に意味がある

誤解:$1/a + 1/b = 1/f$ は覚えにくい特殊な形の公式

実際:球面屈折の公式 $n_1/s + n_2/s' = (n_2 - n_1)/R$ が示すように、光学では距離の逆数が自然な量です。 $1/s$ は「光線の収束度」を表しており、レンズは収束度を一定量だけ変える装置と見なせます。 逆数の形は物理的に自然なのです。

5球面鏡の公式

球面鏡(凹面鏡・凸面鏡)の結像公式も、同様の方法で導出できます。

反射の法則(入射角=反射角)と近軸近似を適用すると、球面鏡の結像公式は次のようになります。

球面鏡の公式

$$\frac{1}{a} + \frac{1}{b} = \frac{2}{R} = \frac{1}{f}$$

$R$:曲率半径、$f = R/2$:焦点距離。凹面鏡は $f > 0$、凸面鏡は $f < 0$。 レンズの公式と同じ形をしており、焦点距離が曲率半径の半分であることが分かります。
レンズと球面鏡の対比
薄肉レンズ
$1/a + 1/b = 1/f$
$f$ は屈折率と曲率半径で決まる
屈折を利用
球面鏡
$1/a + 1/b = 2/R$
$f = R/2$(曲率半径のみで決まる)
反射を利用
球面鏡に色収差がない理由

レンズの焦点距離は屈折率 $n$ に依存し、屈折率は波長によって変わるため、色ごとに焦点がずれます(色収差)。

一方、球面鏡の焦点距離 $f = R/2$ は屈折率に依存しないため、色収差が生じません。 天体望遠鏡に反射鏡が使われる理由の1つがこれです。

6収差 ─ 近軸近似が破れるとき

ここまでの議論はすべて近軸近似($\sin\theta \approx \theta$)の下で成り立っていました。 この近似が破れるとどうなるかを概観します。

球面収差

光軸から離れた光線($\theta$ が大きい光線)は、近軸光線とは異なる位置に焦点を結びます。 これが球面収差です。 $\sin\theta$ を $\theta$ で近似できないことが原因であり、球面レンズに固有の問題です。

球面収差を減らすには、レンズの有効径を小さくする(絞りを使う)方法がありますが、 光量が減るというトレードオフがあります。非球面レンズを使えば原理的に球面収差をゼロにできます。

色収差

屈折率 $n$ は光の波長に依存します(分散)。 レンズメーカーの公式 $1/f = (n-1)(1/R_1 - 1/R_2)$ の $n$ が波長ごとに異なるため、色ごとに焦点距離が異なります。 これが色収差です。

色収差を低減するには、屈折率の波長依存性が異なるガラスを組み合わせた色消しレンズ(アクロマートレンズ)が用いられます。

公式の限界を知ることの意義

高校では $1/a + 1/b = 1/f$ をいつでも成り立つ公式として使いますが、 大学の視点では近軸近似という条件のもとで成り立つ近似式であることが分かります。

公式の導出過程を理解していれば、どのような条件で公式が破れるか(収差が生じるか)を予測できます。 これは公式を暗記するだけでは得られない理解です。

7つながりマップ

  • ← W-12-1 光の屈折と反射:スネルの法則がレンズ公式の出発点。近軸近似で $\sin\theta \approx \theta$ とすることで結像公式が導ける。
  • → W-12-3 光の干渉:薄膜干渉では光の経路差が重要。レンズの収差の議論でも経路差の概念を使う。
  • → W-12-4 光の回折:レイリーの分解能基準は、レンズの開口による回折で決まる。レンズの性能限界は収差と回折の両方で制限される。
  • → W-12-5 光の分散と偏光:色収差は屈折率の波長依存性(分散)が原因。分散の理解が色収差の理解につながる。

📋まとめ

  • 結像公式 $1/a + 1/b = 1/f$ は、スネルの法則に近軸近似($\sin\theta \approx \theta$)を適用して導出できる
  • 球面屈折の公式 $n_1/s + n_2/s' = (n_2 - n_1)/R$ が基本。2つの球面を組み合わせるとレンズの公式になる
  • レンズメーカーの公式 $1/f = (n-1)(1/R_1 - 1/R_2)$ により、焦点距離が屈折率と曲率半径で決まることが分かる
  • 球面鏡の公式は $1/a + 1/b = 2/R$。焦点距離は $f = R/2$ で、屈折率に依存しないため色収差がない
  • 近軸近似が破れると球面収差、屈折率の波長依存性が色収差を引き起こす

確認テスト

Q1. 近軸近似とは何ですか。数式で示してください。

▶ クリックして解答を表示光軸に近い(角度が小さい)光線に対して $\sin\theta \approx \theta$、$\tan\theta \approx \theta$ とする近似です。この近似のもとでスネルの法則は $n_1\theta_1 = n_2\theta_2$ となります。

Q2. レンズメーカーの公式を書き、各記号の意味を説明してください。

▶ クリックして解答を表示$1/f = (n-1)(1/R_1 - 1/R_2)$。$f$:焦点距離、$n$:レンズの屈折率、$R_1$:第1面の曲率半径、$R_2$:第2面の曲率半径。

Q3. 球面収差が生じる原因を、近軸近似の観点から説明してください。

▶ クリックして解答を表示光軸から離れた光線では $\sin\theta \approx \theta$ の近似が成り立たず、近軸光線とは異なる位置に焦点を結ぶため。結像公式は近軸近似のもとで導出されており、この近似が破れると像がぼけます。

Q4. 球面鏡に色収差が生じない理由を説明してください。

▶ クリックして解答を表示球面鏡の焦点距離 $f = R/2$ は曲率半径 $R$ のみで決まり、屈折率に依存しません。色収差は屈折率の波長依存性が原因なので、屈折を利用しない反射鏡には色収差が生じません。

10演習問題

レンズと鏡に関する理解を確認しましょう。

A 基礎レベル

12-2-1 A 基礎 レンズメーカーの公式

屈折率 $n = 1.5$ のガラスでできた両凸レンズがある。第1面の曲率半径は $R_1 = 20$ cm、第2面の曲率半径は $R_2 = -30$ cm である。次の問いに答えよ。

(1) このレンズの焦点距離 $f$ を求めよ。

(2) 物体をレンズから $60$ cm の位置に置いたとき、像の位置を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $f = 24$ cm

(2) $b = 40$ cm(レンズの反対側 40 cm の位置に実像)

解説

(1) $1/f = (1.5 - 1)(1/20 - 1/(-30)) = 0.5 \times (1/20 + 1/30) = 0.5 \times 5/60 = 5/120 = 1/24$。よって $f = 24$ cm。

(2) $1/60 + 1/b = 1/24$ より、$1/b = 1/24 - 1/60 = (5-2)/120 = 3/120 = 1/40$。よって $b = 40$ cm。

B 発展レベル

12-2-2 B 発展 球面屈折 導出

曲率半径 $R = 10$ cm の球面ガラス($n = 1.5$)の平面側に物体を置き、曲面側から見たとき、球面屈折の公式を用いて像の位置を求めよ。物体は球面から $30$ cm の位置にある。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$s' = 90$ cm(球面の反対側 90 cm に像ができる)

解説

空気($n_1 = 1.0$)からガラス($n_2 = 1.5$)への球面屈折を考えます。

$\dfrac{n_1}{s} + \dfrac{n_2}{s'} = \dfrac{n_2 - n_1}{R}$ に数値を代入します。

$\dfrac{1.0}{30} + \dfrac{1.5}{s'} = \dfrac{1.5 - 1.0}{10} = \dfrac{0.5}{10} = 0.05$

$\dfrac{1.5}{s'} = 0.05 - 1/30 = 0.05 - 0.0333... = 0.01\overline{6}$

$s' = 1.5 / 0.01\overline{6} = 90$ cm

採点ポイント
  • 球面屈折の公式を正しく適用する(3点)
  • $n_1, n_2, R$ の符号を正しく設定する(3点)
  • 計算を正しく行う(2点)

C 応用レベル

12-2-3 C 応用 収差 論述

天体望遠鏡には、対物レンズに凸レンズを使うケプラー式と、対物鏡に凹面鏡を使うニュートン式がある。次の問いに答えよ。

(1) ケプラー式望遠鏡で色収差が問題になる理由を、レンズメーカーの公式を用いて説明せよ。

(2) ニュートン式望遠鏡で色収差が問題にならない理由を説明せよ。

(3) ニュートン式望遠鏡でも球面収差は問題になりうる。これを解決するために放物面鏡が使われる理由を述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) レンズメーカーの公式 $1/f = (n-1)(1/R_1 - 1/R_2)$ において、$n$ は波長に依存する(分散)。波長ごとに $f$ が異なるため、色によって焦点位置がずれる。

(2) 凹面鏡の焦点距離 $f = R/2$ は屈折率に依存せず、曲率半径のみで決まる。反射は波長に依存しないため、色収差は生じない。

(3) 球面鏡では光軸から離れた光線が近軸光線と異なる位置に焦点を結ぶ(球面収差)。放物面は幾何学的に、光軸に平行なすべての光線を1点に集める性質を持つため、球面収差が生じない。

解説

色収差はレンズ(屈折)に固有の問題であり、反射鏡では生じません。一方、球面収差は近軸近似の破れに起因し、球面を使う限りレンズでも鏡でも生じます。

放物面鏡は、平行光線をすべて焦点に集める数学的性質(放物線の定義そのもの)を持つため、球面収差を解消できます。ただし、軸外の光線に対しては別の収差(コマ収差)が生じるため、広い視野を必要とする場合には別の設計が求められます。

採点ポイント
  • レンズメーカーの公式と分散の関係(3点)
  • 反射鏡で色収差がない理由(2点)
  • 放物面鏡の幾何学的性質と球面収差の解消(3点)
  • 論述の論理的整合性(2点)