高校物理では、薄肉レンズの公式 $1/a + 1/b = 1/f$ を覚え、凸レンズ・凹レンズの作図法を使って像の位置や大きさを求めます。
公式の使い方を身につければ入試問題は解けますが、公式がどこから来るのかは説明されません。
大学物理では、この結像公式をスネルの法則と近軸近似($\sin\theta \approx \theta$)から導出します。
これにより、公式の成り立ちが理解でき、公式が成り立たない場合(収差)も予測できるようになります。
この記事では、球面での屈折から出発して薄肉レンズの公式を導き、さらに近軸近似が破れたときに何が起こるか(収差)を概観します。
高校物理では、レンズについて次の道具を学びます。
$$\frac{1}{a} + \frac{1}{b} = \frac{1}{f}$$
また、凸レンズ・凹レンズの作図では、次の3本の光線を使って像の位置を求めます。
これらの道具は入試で十分に役立ちますが、次の疑問には答えられません。
結像公式を「導ける」ようになる。 球面での屈折(スネルの法則+近軸近似)から出発して、$1/a + 1/b = 1/f$ を自力で導出できるようになります。
焦点距離が何で決まるかを理解できる。 レンズメーカーの公式を通じて、焦点距離がレンズの曲率半径と屈折率で決まることが分かります。
公式の限界(収差)を予測できる。 近軸近似が破れるとどうなるかを知ることで、レンズ設計の基本的な考え方が見えてきます。
レンズの公式を導出するために、まず1つの球面での屈折を考えます。
光軸に近い(角度が小さい)光線だけを考える近似を近軸近似(paraxial approximation)と呼びます。 このとき、$\sin\theta \approx \theta$、$\tan\theta \approx \theta$ が成り立ちます。
$$\sin\theta \approx \theta, \qquad \tan\theta \approx \theta \qquad (\theta \ll 1, \text{ラジアン})$$
屈折率 $n_1$ の媒質と屈折率 $n_2$ の媒質が、曲率半径 $R$ の球面で接している場合を考えます。 光軸上の物体(球面からの距離 $s$)からの光が球面で屈折し、像(球面からの距離 $s'$)を作るとします。
光軸上の物点から出た光線が、球面上の点Pに到達する場合を考えます。Pでの法線は球面の中心を通ります。
光線と光軸のなす角を $\alpha$、法線と光軸のなす角を $\phi$、とすると、入射角は $\theta_1 = \alpha + \phi$、屈折角は $\theta_2 = \phi - \beta$($\beta$ は屈折光線と光軸のなす角)です。
スネルの法則に近軸近似を適用すると:
$$n_1(\alpha + \phi) = n_2(\phi - \beta)$$
$\alpha \approx h/s$、$\beta \approx h/s'$、$\phi \approx h/R$($h$ は光軸からの高さ)を代入すると:
$$n_1\left(\frac{h}{s} + \frac{h}{R}\right) = n_2\left(\frac{h}{R} - \frac{h}{s'}\right)$$
$h$ で割って整理すると:
$$\frac{n_1}{s} + \frac{n_2}{s'} = \frac{n_2 - n_1}{R}$$
$$\frac{n_1}{s} + \frac{n_2}{s'} = \frac{n_2 - n_1}{R}$$
球面屈折の公式が $h$ に依存しないということは、光軸に近いすべての光線が同じ像点に集まることを意味します。 これが「像ができる」ことの数学的な根拠です。
もし近軸近似を使わなければ、光線の高さ $h$ によって集まる位置がずれ、鮮明な像は得られません。 これが収差の原因です。
レンズは2つの球面で構成されています。球面屈折の公式を2回適用し、レンズの厚さを無視する(薄肉近似)と、結像公式が得られます。
レンズの第1面(曲率半径 $R_1$)と第2面(曲率半径 $R_2$)について、球面屈折の公式をそれぞれ立てます。 レンズの屈折率を $n$、外部(空気)の屈折率を $1$ とします。
第1面(空気→レンズ):$\dfrac{1}{s_1} + \dfrac{n}{s_1'} = \dfrac{n - 1}{R_1}$
第2面(レンズ→空気):$\dfrac{n}{s_2} + \dfrac{1}{s_2'} = \dfrac{1 - n}{R_2}$
薄肉近似(レンズの厚さ $\to 0$)では、第1面の像が第2面の物体になるので $s_2 = -s_1'$ です。
2つの式を足すと:
$$\frac{1}{s_1} + \frac{1}{s_2'} = (n-1)\left(\frac{1}{R_1} - \frac{1}{R_2}\right)$$
$s_1 = a$(物体距離)、$s_2' = b$(像距離)とし、右辺を $1/f$ と定義すると:
$$\frac{1}{a} + \frac{1}{b} = \frac{1}{f}$$
$$\frac{1}{f} = (n - 1)\left(\frac{1}{R_1} - \frac{1}{R_2}\right)$$
誤解:$1/a + 1/b = 1/f$ は覚えにくい特殊な形の公式
実際:球面屈折の公式 $n_1/s + n_2/s' = (n_2 - n_1)/R$ が示すように、光学では距離の逆数が自然な量です。 $1/s$ は「光線の収束度」を表しており、レンズは収束度を一定量だけ変える装置と見なせます。 逆数の形は物理的に自然なのです。
球面鏡(凹面鏡・凸面鏡)の結像公式も、同様の方法で導出できます。
反射の法則(入射角=反射角)と近軸近似を適用すると、球面鏡の結像公式は次のようになります。
$$\frac{1}{a} + \frac{1}{b} = \frac{2}{R} = \frac{1}{f}$$
レンズの焦点距離は屈折率 $n$ に依存し、屈折率は波長によって変わるため、色ごとに焦点がずれます(色収差)。
一方、球面鏡の焦点距離 $f = R/2$ は屈折率に依存しないため、色収差が生じません。 天体望遠鏡に反射鏡が使われる理由の1つがこれです。
ここまでの議論はすべて近軸近似($\sin\theta \approx \theta$)の下で成り立っていました。 この近似が破れるとどうなるかを概観します。
光軸から離れた光線($\theta$ が大きい光線)は、近軸光線とは異なる位置に焦点を結びます。 これが球面収差です。 $\sin\theta$ を $\theta$ で近似できないことが原因であり、球面レンズに固有の問題です。
球面収差を減らすには、レンズの有効径を小さくする(絞りを使う)方法がありますが、 光量が減るというトレードオフがあります。非球面レンズを使えば原理的に球面収差をゼロにできます。
屈折率 $n$ は光の波長に依存します(分散)。 レンズメーカーの公式 $1/f = (n-1)(1/R_1 - 1/R_2)$ の $n$ が波長ごとに異なるため、色ごとに焦点距離が異なります。 これが色収差です。
色収差を低減するには、屈折率の波長依存性が異なるガラスを組み合わせた色消しレンズ(アクロマートレンズ)が用いられます。
高校では $1/a + 1/b = 1/f$ をいつでも成り立つ公式として使いますが、 大学の視点では近軸近似という条件のもとで成り立つ近似式であることが分かります。
公式の導出過程を理解していれば、どのような条件で公式が破れるか(収差が生じるか)を予測できます。 これは公式を暗記するだけでは得られない理解です。
Q1. 近軸近似とは何ですか。数式で示してください。
Q2. レンズメーカーの公式を書き、各記号の意味を説明してください。
Q3. 球面収差が生じる原因を、近軸近似の観点から説明してください。
Q4. 球面鏡に色収差が生じない理由を説明してください。
レンズと鏡に関する理解を確認しましょう。
屈折率 $n = 1.5$ のガラスでできた両凸レンズがある。第1面の曲率半径は $R_1 = 20$ cm、第2面の曲率半径は $R_2 = -30$ cm である。次の問いに答えよ。
(1) このレンズの焦点距離 $f$ を求めよ。
(2) 物体をレンズから $60$ cm の位置に置いたとき、像の位置を求めよ。
(1) $f = 24$ cm
(2) $b = 40$ cm(レンズの反対側 40 cm の位置に実像)
(1) $1/f = (1.5 - 1)(1/20 - 1/(-30)) = 0.5 \times (1/20 + 1/30) = 0.5 \times 5/60 = 5/120 = 1/24$。よって $f = 24$ cm。
(2) $1/60 + 1/b = 1/24$ より、$1/b = 1/24 - 1/60 = (5-2)/120 = 3/120 = 1/40$。よって $b = 40$ cm。
曲率半径 $R = 10$ cm の球面ガラス($n = 1.5$)の平面側に物体を置き、曲面側から見たとき、球面屈折の公式を用いて像の位置を求めよ。物体は球面から $30$ cm の位置にある。
$s' = 90$ cm(球面の反対側 90 cm に像ができる)
空気($n_1 = 1.0$)からガラス($n_2 = 1.5$)への球面屈折を考えます。
$\dfrac{n_1}{s} + \dfrac{n_2}{s'} = \dfrac{n_2 - n_1}{R}$ に数値を代入します。
$\dfrac{1.0}{30} + \dfrac{1.5}{s'} = \dfrac{1.5 - 1.0}{10} = \dfrac{0.5}{10} = 0.05$
$\dfrac{1.5}{s'} = 0.05 - 1/30 = 0.05 - 0.0333... = 0.01\overline{6}$
$s' = 1.5 / 0.01\overline{6} = 90$ cm
天体望遠鏡には、対物レンズに凸レンズを使うケプラー式と、対物鏡に凹面鏡を使うニュートン式がある。次の問いに答えよ。
(1) ケプラー式望遠鏡で色収差が問題になる理由を、レンズメーカーの公式を用いて説明せよ。
(2) ニュートン式望遠鏡で色収差が問題にならない理由を説明せよ。
(3) ニュートン式望遠鏡でも球面収差は問題になりうる。これを解決するために放物面鏡が使われる理由を述べよ。
(1) レンズメーカーの公式 $1/f = (n-1)(1/R_1 - 1/R_2)$ において、$n$ は波長に依存する(分散)。波長ごとに $f$ が異なるため、色によって焦点位置がずれる。
(2) 凹面鏡の焦点距離 $f = R/2$ は屈折率に依存せず、曲率半径のみで決まる。反射は波長に依存しないため、色収差は生じない。
(3) 球面鏡では光軸から離れた光線が近軸光線と異なる位置に焦点を結ぶ(球面収差)。放物面は幾何学的に、光軸に平行なすべての光線を1点に集める性質を持つため、球面収差が生じない。
色収差はレンズ(屈折)に固有の問題であり、反射鏡では生じません。一方、球面収差は近軸近似の破れに起因し、球面を使う限りレンズでも鏡でも生じます。
放物面鏡は、平行光線をすべて焦点に集める数学的性質(放物線の定義そのもの)を持つため、球面収差を解消できます。ただし、軸外の光線に対しては別の収差(コマ収差)が生じるため、広い視野を必要とする場合には別の設計が求められます。