第11章 音波

うなり
─ 三角関数の和積公式との関連

高校物理では、うなりの振動数 $|f_1 - f_2|$ を公式として覚え、「1秒間に $|f_1 - f_2|$ 回の音量変化が聞こえる」と学びます。 しかし、なぜこの式になるのかは十分に説明されません。

大学物理では、うなりを2つの正弦波の重ね合わせとして数学的に扱います。 三角関数の和積公式を適用すると、合成波が「ゆっくり変化する振幅」と「速く振動する搬送波」に分離されることが分かります。 このゆっくり変化する振幅こそが、うなりとして聞こえるものです。

この記事では、うなりの数学的な導出と、包絡線の概念、振幅変調(AM)との関連を扱います。

1高校物理でのうなりの扱い

高校物理では、うなりについて次のように学びます。

  • 振動数がわずかに異なる2つの音を同時に聞くと、音量が周期的に大きくなったり小さくなったりする。これがうなり
  • うなりの回数(1秒間に聞こえる音量変化の回数)は $|f_1 - f_2|$
  • うなりを利用して楽器の調律を行う

この説明は現象の記述としては正しいですが、次の点が不十分です。

  • なぜ $|f_1 - f_2|$ になるのか。直感的には「差」が関係しそうだが、数学的な根拠は示されない
  • 合成波の全体像が見えない。2つの波が重なったときの合成波がどのような形をしているかは図示されるのみ
  • 包絡線という概念が導入されない。「振幅がゆっくり変化する」という表現に留まり、数式的な説明がない

2大学の視点で見ると何が変わるのか

高校 vs 大学:うなりの扱い
高校:公式 $|f_1 - f_2|$ を暗記
なぜこの式になるかは不明確。
大学:和積公式で数学的に導出
$\sin A + \sin B = 2\cos\frac{A-B}{2}\sin\frac{A+B}{2}$
高校:「音量が変化する」現象として理解
合成波の形は図から読み取るのみ。
大学:包絡線と搬送波に分離して理解
振幅変調の構造が見える。
この記事で得られること

うなりの公式を和積公式から導出できる。 $|f_1 - f_2|$ という結果を暗記するのではなく、三角関数の変形から自力で導出できるようになります。

包絡線の概念を獲得する。 合成波は「ゆっくり変化する振幅(包絡線)」と「速く振動する搬送波」の積として理解できます。これは信号処理の基礎でもあります。

うなりの回数が $|f_1 - f_2|$ になる理由が分かる。 包絡線の振動数は $(f_1 - f_2)/2$ ですが、1周期に2回の音量変化があるため、うなりの回数は $|f_1 - f_2|$ になります。

32つの波の合成 ─ 和積公式による変形

振動数がわずかに異なる2つの正弦波を考えます。 同じ振幅 $A$、角振動数 $\omega_1$ と $\omega_2$($\omega_1 \approx \omega_2$)の波を重ね合わせます。

$$y = y_1 + y_2 = A\sin(\omega_1 t) + A\sin(\omega_2 t)$$

和積公式を適用する

三角関数の和積公式を使います。

和積公式

$$\sin A + \sin B = 2\cos\left(\frac{A - B}{2}\right)\sin\left(\frac{A + B}{2}\right)$$

2つの $\sin$ の和は、$\cos$(差の半分)と $\sin$(和の半分)の積に変形できる。
導出:うなりの式

$A = \omega_1 t$、$B = \omega_2 t$ として和積公式に代入します。

$$y = A\sin(\omega_1 t) + A\sin(\omega_2 t)$$

$$= 2A\cos\left(\frac{\omega_1 - \omega_2}{2}t\right)\sin\left(\frac{\omega_1 + \omega_2}{2}t\right)$$

$\omega = 2\pi f$ を使って角振動数を振動数に書き換えると:

$$y = 2A\cos\left(\pi(f_1 - f_2)t\right)\sin\left(\pi(f_1 + f_2)t\right)$$

うなりの合成波

$$y = \underbrace{2A\cos\left(\frac{\omega_1 - \omega_2}{2}t\right)}_{\text{包絡線(振幅の変化)}} \cdot \underbrace{\sin\left(\frac{\omega_1 + \omega_2}{2}t\right)}_{\text{搬送波(音として聞こえる振動)}}$$

合成波は、ゆっくり変化する「包絡線」と速く振動する「搬送波」の積として表される。
合成波の構造

合成波は2つの成分に分離されます。

搬送波 $\sin((\omega_1 + \omega_2)t/2)$:振動数 $(f_1 + f_2)/2$ で振動する成分。$f_1 \approx f_2$ なので、これはほぼ元の振動数と同じです。人間の耳にはこの振動数の音として聞こえます。

包絡線 $2A\cos((\omega_1 - \omega_2)t/2)$:振動数 $|f_1 - f_2|/2$ でゆっくり変化する成分。これが搬送波の「振幅」を時間的に変調します。音量の変化として聞こえるのがこの成分です。

4包絡線の解釈 ─ なぜ $|f_1 - f_2|$ 回聞こえるか

包絡線は $\cos((\omega_1 - \omega_2)t/2)$ であり、その振動数は $|f_1 - f_2|/2$ です。 しかし、うなりの回数は $|f_1 - f_2|$ であり、包絡線の振動数の2倍です。 なぜでしょうか。

$\cos$ の1周期に2回の音量極大がある

$\cos$ 関数は1周期の間に、正の極大と負の極小を1回ずつ持ちます。 しかし、人間の耳が感じるのは音の強さ(振幅の絶対値)です。 $\cos$ が $+1$ のときも $-1$ のときも、振幅の絶対値は最大になります。

つまり、$\cos$ の1周期の間に、音量が最大になる瞬間が2回あります。

うなりの振動数

$$f_{\text{beat}} = |f_1 - f_2|$$

包絡線の振動数は $|f_1 - f_2|/2$ だが、1周期に2回の音量極大があるため、 聞こえるうなりの回数は $|f_1 - f_2|$ 回/秒になる。
落とし穴:包絡線の振動数とうなりの振動数は異なる

誤り:「うなりの振動数は包絡線の振動数 $|f_1 - f_2|/2$ である」

正しい:包絡線の振動数は $|f_1 - f_2|/2$ ですが、耳が感じる音量変化の回数(うなりの振動数)は $|f_1 - f_2|$ です。 $\cos$ 関数が $+1$ と $-1$ の両方で振幅が最大になるため、1周期に2回の音量極大が生じます。

具体例

$f_1 = 440$ Hz(ラの音)と $f_2 = 442$ Hz の場合:

  • 搬送波の振動数:$(440 + 442)/2 = 441$ Hz → 耳には 441 Hz の音として聞こえる
  • 包絡線の振動数:$|440 - 442|/2 = 1$ Hz → 1秒に1周期
  • うなりの振動数:$|440 - 442| = 2$ 回/秒 → 1秒間に2回の音量変化

5うなりの聞こえ方と応用

楽器の調律

うなりは楽器の調律に実用的に使われます。 基準となる音叉(440 Hz)と楽器の音を同時に鳴らし、うなりが聞こえなくなるまで調整します。 うなりが消えたとき、2つの振動数が一致しています。

うなりが聞こえる条件

うなりが聞こえるのは、$|f_1 - f_2|$ が十分に小さいとき(おおむね 15 Hz 以下)です。 $|f_1 - f_2|$ が大きくなると、音量変化が速すぎて個別のうなりとして認識できなくなり、 代わりに2つの音が別々に聞こえます。

振幅変調(AM)との関連

うなりの数学的構造は、通信工学における振幅変調(AM: Amplitude Modulation)と同じです。

AMラジオでは、音声信号(低い振動数)で搬送波(高い振動数)の振幅を変調します。 うなりの場合、包絡線 $\cos((\omega_1 - \omega_2)t/2)$ が「変調信号」に、搬送波 $\sin((\omega_1 + \omega_2)t/2)$ が「搬送波」に対応します。

物理現象(うなり)と工学的応用(AM)が同じ数学的構造を持つことは、数学が分野を超えて共通の言語であることを示しています。

振幅が異なる場合

ここまでは2つの波の振幅が等しい(ともに $A$)場合を扱いました。 振幅が異なる場合($A_1 \neq A_2$)でも、うなりの振動数は $|f_1 - f_2|$ のまま変わりませんが、 音量が完全にゼロにはなりません。

合成波の振幅は $|A_1 - A_2|$ と $A_1 + A_2$ の間で変動します。 $A_1 = A_2$ のときのみ、振幅が完全にゼロになる瞬間があります。

6つながりマップ

  • ← W-10-3 重ね合わせの原理と干渉:うなりは重ね合わせの原理の直接的な応用。2つの波の和として合成波が得られる。
  • ← W-11-2 弦の固有振動・気柱の共鳴:弦や気柱の固有振動数がわずかに異なる2つの音源が、うなりを生じさせる。
  • ← W-11-3 ドップラー効果:ドップラー効果で振動数がわずかに変化した音と元の音が重なると、うなりが聞こえる。
  • → W-12-1 光の屈折と反射:光は振動数が非常に高いため、光のうなりは直接聞こえない。しかし、光の干渉は同じ原理に基づく。

📋まとめ

  • 2つの正弦波の合成は、和積公式を使うと包絡線搬送波の積に分離できる
  • 包絡線の振動数は $|f_1 - f_2|/2$ だが、1周期に2回の音量極大があるため、うなりの振動数は$|f_1 - f_2|$
  • 搬送波の振動数は $(f_1 + f_2)/2$ であり、耳にはこの振動数の音として聞こえる
  • うなりの構造は振幅変調(AM)と数学的に同じであり、物理と工学を結ぶ接点になっている
  • $|f_1 - f_2|$ の公式は天下りではなく、和積公式から数学的に導出できる

確認テスト

Q1. $\sin A + \sin B$ を積の形に変形する和積公式を書いてください。

▶ クリックして解答を表示$\sin A + \sin B = 2\cos\!\left(\dfrac{A-B}{2}\right)\sin\!\left(\dfrac{A+B}{2}\right)$

Q2. 合成波における「包絡線」と「搬送波」の振動数は、それぞれ $f_1$ と $f_2$ を用いてどう表されますか。

▶ クリックして解答を表示包絡線の振動数:$|f_1 - f_2|/2$。搬送波の振動数:$(f_1 + f_2)/2$。

Q3. 包絡線の振動数が $|f_1 - f_2|/2$ なのに、うなりの振動数が $|f_1 - f_2|$ になる理由を説明してください。

▶ クリックして解答を表示$\cos$ 関数は1周期の間に $+1$ と $-1$ の両方で振幅が最大になる。人間の耳は振幅の絶対値(音の強さ)を感じるので、1周期に2回の音量極大がある。したがって、うなりの振動数は包絡線の振動数の2倍になる。

Q4. 440 Hz と 443 Hz の2つの音を同時に鳴らしたとき、聞こえるうなりの回数は1秒間に何回ですか。

▶ クリックして解答を表示$|443 - 440| = 3$ 回/秒。

9演習問題

うなりの数学的構造を、問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

11-4-1 A 基礎 うなりの計算

振動数 $f_1 = 256$ Hz と $f_2 = 260$ Hz の2つの音叉を同時に鳴らした。次の問いに答えよ。

(1) うなりの振動数を求めよ。

(2) 合成波の搬送波の振動数を求めよ。

(3) 5秒間に聞こえるうなりの回数を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $|f_1 - f_2| = |256 - 260| = 4$ 回/秒

(2) $(f_1 + f_2)/2 = (256 + 260)/2 = 258$ Hz

(3) $4 \times 5 = 20$ 回

解説

(1) うなりの振動数は2つの振動数の差の絶対値。(2) 搬送波は2つの振動数の平均。耳には 258 Hz の音として聞こえ、その音量が1秒間に4回変化する。

B 発展レベル

11-4-2 B 発展 和積公式の適用

同じ振幅 $A$ をもつ2つの波 $y_1 = A\sin(2\pi \cdot 500\,t)$ と $y_2 = A\sin(2\pi \cdot 504\,t)$ が重ね合わされた。次の問いに答えよ。

(1) 合成波 $y = y_1 + y_2$ を、和積公式を用いて変形せよ。

(2) 包絡線の振動数と搬送波の振動数を、それぞれ求めよ。

(3) 1秒間に聞こえるうなりの回数を求め、包絡線の振動数との関係を説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $y = 2A\cos(2\pi \cdot 2\,t)\sin(2\pi \cdot 502\,t)$

(2) 包絡線の振動数:2 Hz。搬送波の振動数:502 Hz。

(3) うなりの回数:4 回/秒。包絡線の振動数(2 Hz)の2倍。$\cos$ の1周期に正と負の2回の振幅極大があるため。

解説

(1) $\omega_1 = 2\pi \times 500$、$\omega_2 = 2\pi \times 504$ として和積公式を適用。

$(\omega_1 - \omega_2)/2 = 2\pi \times (-2)$、$(\omega_1 + \omega_2)/2 = 2\pi \times 502$。

$\cos(-\theta) = \cos\theta$ なので、$y = 2A\cos(2\pi \cdot 2\,t)\sin(2\pi \cdot 502\,t)$。

(3) 包絡線 $\cos(2\pi \cdot 2\,t)$ は1秒間に2周期分振動するが、音の強さは振幅の絶対値に依存するため、$|\cos|$ は1周期に2回極大を持つ。よってうなりの回数は $2 \times 2 = 4$ 回/秒 $= |500 - 504|$。

採点ポイント
  • 和積公式の正しい適用(3点)
  • 包絡線と搬送波の振動数の同定(2点)
  • うなりの回数が包絡線の2倍になる理由の説明(3点)

C 応用レベル

11-4-3 C 応用 ドップラー効果とうなり 総合

振動数 $f = 440$ Hz の音源が音速 $V = 340$ m/s の空気中で静止している。観測者が速度 $v_o = 2.0$ m/s で音源に近づきながら、音源の直接音と壁からの反射音を同時に聞く(壁は音源の背後にあり静止している)。次の問いに答えよ。

(1) 観測者が聞く直接音の振動数 $f_1$ を求めよ。

(2) 壁で反射された音について、観測者が聞く振動数 $f_2$ を求めよ(反射音は観測者から遠ざかる方向から来ることに注意)。

(3) 観測者が聞くうなりの振動数を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $f_1 = 440 \times \dfrac{340 + 2.0}{340} = 440 \times \dfrac{342}{340} \approx 442.6$ Hz

(2) $f_2 = 440 \times \dfrac{340 - 2.0}{340} = 440 \times \dfrac{338}{340} \approx 437.4$ Hz

(3) $|f_1 - f_2| = |442.6 - 437.4| \approx 5.2$ 回/秒

解説

(1) 音源は静止、観測者は音源に近づく。分子に $V + v_o$。

(2) 反射音は壁(音源の背後)から来るので、観測者は反射音から遠ざかっている。分子に $V - v_o$。

(3) 直接音(442.6 Hz)と反射音(437.4 Hz)の差がうなりの振動数。

この問題は、ドップラー効果(W-11-3)とうなり(W-11-4)の組み合わせであり、第11章の総合問題です。

採点ポイント
  • 直接音のドップラー効果を正しく計算(2点)
  • 反射音の方向を正しく判断(3点)
  • 反射音のドップラー効果を正しく計算(2点)
  • うなりの振動数を求める(1点)