高校物理では、うなりの振動数 $|f_1 - f_2|$ を公式として覚え、「1秒間に $|f_1 - f_2|$ 回の音量変化が聞こえる」と学びます。
しかし、なぜこの式になるのかは十分に説明されません。
大学物理では、うなりを2つの正弦波の重ね合わせとして数学的に扱います。
三角関数の和積公式を適用すると、合成波が「ゆっくり変化する振幅」と「速く振動する搬送波」に分離されることが分かります。
このゆっくり変化する振幅こそが、うなりとして聞こえるものです。
この記事では、うなりの数学的な導出と、包絡線の概念、振幅変調(AM)との関連を扱います。
高校物理では、うなりについて次のように学びます。
この説明は現象の記述としては正しいですが、次の点が不十分です。
うなりの公式を和積公式から導出できる。 $|f_1 - f_2|$ という結果を暗記するのではなく、三角関数の変形から自力で導出できるようになります。
包絡線の概念を獲得する。 合成波は「ゆっくり変化する振幅(包絡線)」と「速く振動する搬送波」の積として理解できます。これは信号処理の基礎でもあります。
うなりの回数が $|f_1 - f_2|$ になる理由が分かる。 包絡線の振動数は $(f_1 - f_2)/2$ ですが、1周期に2回の音量変化があるため、うなりの回数は $|f_1 - f_2|$ になります。
振動数がわずかに異なる2つの正弦波を考えます。 同じ振幅 $A$、角振動数 $\omega_1$ と $\omega_2$($\omega_1 \approx \omega_2$)の波を重ね合わせます。
$$y = y_1 + y_2 = A\sin(\omega_1 t) + A\sin(\omega_2 t)$$
三角関数の和積公式を使います。
$$\sin A + \sin B = 2\cos\left(\frac{A - B}{2}\right)\sin\left(\frac{A + B}{2}\right)$$
$A = \omega_1 t$、$B = \omega_2 t$ として和積公式に代入します。
$$y = A\sin(\omega_1 t) + A\sin(\omega_2 t)$$
$$= 2A\cos\left(\frac{\omega_1 - \omega_2}{2}t\right)\sin\left(\frac{\omega_1 + \omega_2}{2}t\right)$$
$\omega = 2\pi f$ を使って角振動数を振動数に書き換えると:
$$y = 2A\cos\left(\pi(f_1 - f_2)t\right)\sin\left(\pi(f_1 + f_2)t\right)$$
$$y = \underbrace{2A\cos\left(\frac{\omega_1 - \omega_2}{2}t\right)}_{\text{包絡線(振幅の変化)}} \cdot \underbrace{\sin\left(\frac{\omega_1 + \omega_2}{2}t\right)}_{\text{搬送波(音として聞こえる振動)}}$$
合成波は2つの成分に分離されます。
搬送波 $\sin((\omega_1 + \omega_2)t/2)$:振動数 $(f_1 + f_2)/2$ で振動する成分。$f_1 \approx f_2$ なので、これはほぼ元の振動数と同じです。人間の耳にはこの振動数の音として聞こえます。
包絡線 $2A\cos((\omega_1 - \omega_2)t/2)$:振動数 $|f_1 - f_2|/2$ でゆっくり変化する成分。これが搬送波の「振幅」を時間的に変調します。音量の変化として聞こえるのがこの成分です。
包絡線は $\cos((\omega_1 - \omega_2)t/2)$ であり、その振動数は $|f_1 - f_2|/2$ です。 しかし、うなりの回数は $|f_1 - f_2|$ であり、包絡線の振動数の2倍です。 なぜでしょうか。
$\cos$ 関数は1周期の間に、正の極大と負の極小を1回ずつ持ちます。 しかし、人間の耳が感じるのは音の強さ(振幅の絶対値)です。 $\cos$ が $+1$ のときも $-1$ のときも、振幅の絶対値は最大になります。
つまり、$\cos$ の1周期の間に、音量が最大になる瞬間が2回あります。
$$f_{\text{beat}} = |f_1 - f_2|$$
誤り:「うなりの振動数は包絡線の振動数 $|f_1 - f_2|/2$ である」
正しい:包絡線の振動数は $|f_1 - f_2|/2$ ですが、耳が感じる音量変化の回数(うなりの振動数)は $|f_1 - f_2|$ です。 $\cos$ 関数が $+1$ と $-1$ の両方で振幅が最大になるため、1周期に2回の音量極大が生じます。
$f_1 = 440$ Hz(ラの音)と $f_2 = 442$ Hz の場合:
うなりは楽器の調律に実用的に使われます。 基準となる音叉(440 Hz)と楽器の音を同時に鳴らし、うなりが聞こえなくなるまで調整します。 うなりが消えたとき、2つの振動数が一致しています。
うなりが聞こえるのは、$|f_1 - f_2|$ が十分に小さいとき(おおむね 15 Hz 以下)です。 $|f_1 - f_2|$ が大きくなると、音量変化が速すぎて個別のうなりとして認識できなくなり、 代わりに2つの音が別々に聞こえます。
うなりの数学的構造は、通信工学における振幅変調(AM: Amplitude Modulation)と同じです。
AMラジオでは、音声信号(低い振動数)で搬送波(高い振動数)の振幅を変調します。 うなりの場合、包絡線 $\cos((\omega_1 - \omega_2)t/2)$ が「変調信号」に、搬送波 $\sin((\omega_1 + \omega_2)t/2)$ が「搬送波」に対応します。
物理現象(うなり)と工学的応用(AM)が同じ数学的構造を持つことは、数学が分野を超えて共通の言語であることを示しています。
ここまでは2つの波の振幅が等しい(ともに $A$)場合を扱いました。 振幅が異なる場合($A_1 \neq A_2$)でも、うなりの振動数は $|f_1 - f_2|$ のまま変わりませんが、 音量が完全にゼロにはなりません。
合成波の振幅は $|A_1 - A_2|$ と $A_1 + A_2$ の間で変動します。 $A_1 = A_2$ のときのみ、振幅が完全にゼロになる瞬間があります。
Q1. $\sin A + \sin B$ を積の形に変形する和積公式を書いてください。
Q2. 合成波における「包絡線」と「搬送波」の振動数は、それぞれ $f_1$ と $f_2$ を用いてどう表されますか。
Q3. 包絡線の振動数が $|f_1 - f_2|/2$ なのに、うなりの振動数が $|f_1 - f_2|$ になる理由を説明してください。
Q4. 440 Hz と 443 Hz の2つの音を同時に鳴らしたとき、聞こえるうなりの回数は1秒間に何回ですか。
うなりの数学的構造を、問題で確認しましょう。
振動数 $f_1 = 256$ Hz と $f_2 = 260$ Hz の2つの音叉を同時に鳴らした。次の問いに答えよ。
(1) うなりの振動数を求めよ。
(2) 合成波の搬送波の振動数を求めよ。
(3) 5秒間に聞こえるうなりの回数を求めよ。
(1) $|f_1 - f_2| = |256 - 260| = 4$ 回/秒
(2) $(f_1 + f_2)/2 = (256 + 260)/2 = 258$ Hz
(3) $4 \times 5 = 20$ 回
(1) うなりの振動数は2つの振動数の差の絶対値。(2) 搬送波は2つの振動数の平均。耳には 258 Hz の音として聞こえ、その音量が1秒間に4回変化する。
同じ振幅 $A$ をもつ2つの波 $y_1 = A\sin(2\pi \cdot 500\,t)$ と $y_2 = A\sin(2\pi \cdot 504\,t)$ が重ね合わされた。次の問いに答えよ。
(1) 合成波 $y = y_1 + y_2$ を、和積公式を用いて変形せよ。
(2) 包絡線の振動数と搬送波の振動数を、それぞれ求めよ。
(3) 1秒間に聞こえるうなりの回数を求め、包絡線の振動数との関係を説明せよ。
(1) $y = 2A\cos(2\pi \cdot 2\,t)\sin(2\pi \cdot 502\,t)$
(2) 包絡線の振動数:2 Hz。搬送波の振動数:502 Hz。
(3) うなりの回数:4 回/秒。包絡線の振動数(2 Hz)の2倍。$\cos$ の1周期に正と負の2回の振幅極大があるため。
(1) $\omega_1 = 2\pi \times 500$、$\omega_2 = 2\pi \times 504$ として和積公式を適用。
$(\omega_1 - \omega_2)/2 = 2\pi \times (-2)$、$(\omega_1 + \omega_2)/2 = 2\pi \times 502$。
$\cos(-\theta) = \cos\theta$ なので、$y = 2A\cos(2\pi \cdot 2\,t)\sin(2\pi \cdot 502\,t)$。
(3) 包絡線 $\cos(2\pi \cdot 2\,t)$ は1秒間に2周期分振動するが、音の強さは振幅の絶対値に依存するため、$|\cos|$ は1周期に2回極大を持つ。よってうなりの回数は $2 \times 2 = 4$ 回/秒 $= |500 - 504|$。
振動数 $f = 440$ Hz の音源が音速 $V = 340$ m/s の空気中で静止している。観測者が速度 $v_o = 2.0$ m/s で音源に近づきながら、音源の直接音と壁からの反射音を同時に聞く(壁は音源の背後にあり静止している)。次の問いに答えよ。
(1) 観測者が聞く直接音の振動数 $f_1$ を求めよ。
(2) 壁で反射された音について、観測者が聞く振動数 $f_2$ を求めよ(反射音は観測者から遠ざかる方向から来ることに注意)。
(3) 観測者が聞くうなりの振動数を求めよ。
(1) $f_1 = 440 \times \dfrac{340 + 2.0}{340} = 440 \times \dfrac{342}{340} \approx 442.6$ Hz
(2) $f_2 = 440 \times \dfrac{340 - 2.0}{340} = 440 \times \dfrac{338}{340} \approx 437.4$ Hz
(3) $|f_1 - f_2| = |442.6 - 437.4| \approx 5.2$ 回/秒
(1) 音源は静止、観測者は音源に近づく。分子に $V + v_o$。
(2) 反射音は壁(音源の背後)から来るので、観測者は反射音から遠ざかっている。分子に $V - v_o$。
(3) 直接音(442.6 Hz)と反射音(437.4 Hz)の差がうなりの振動数。
この問題は、ドップラー効果(W-11-3)とうなり(W-11-4)の組み合わせであり、第11章の総合問題です。