第5章 仕事とエネルギー

運動エネルギーと仕事の関係
─ 運動方程式からの導出

高校物理では、「物体にした仕事の合計は運動エネルギーの変化に等しい」($W = \Delta K$)を 公式として学び、問題に適用します。 この関係は正しく、入試でも広く使われます。

大学物理では、この関係が運動方程式 $F = ma$ から数学的に導かれることを示します。 「覚えるべき公式」ではなく、ニュートンの運動法則の直接的な帰結です。 導出の過程を追うことで、なぜ運動エネルギーが $\frac{1}{2}mv^2$ という形になるのかも分かります。

この記事では、運動方程式の両辺を変位で積分するという操作だけで、 仕事-エネルギーの定理が自動的に出てくることを示します。

1高校物理での扱い

高校物理では、運動エネルギー $K = \frac{1}{2}mv^2$ を定義し、 次の関係を学びます。

$$W_{\text{合}} = \frac{1}{2}mv^2 - \frac{1}{2}mv_0^2$$

ここで $W_{\text{合}}$ は物体に作用するすべての力がした仕事の合計、 $v_0$ と $v$ はそれぞれ初速度と最終速度です。

高校では、この関係を次のような形で使います。

  • 等加速度運動の公式 $v^2 - v_0^2 = 2ax$ と $F = ma$ から $W = Fs = mas = \frac{1}{2}mv^2 - \frac{1}{2}mv_0^2$ を「確認」する
  • あるいは、仕事と運動エネルギーの関係を独立した公式として与え、問題演習で使う

この扱いには次のような特徴があります。

  • 等加速度運動の公式に依存している。加速度が一定でない場合の導出は高校の範囲外
  • なぜ $\frac{1}{2}mv^2$ という形なのかは説明されない。$\frac{1}{2}$ がどこから来るのかは不明確
  • 「仕事 = エネルギー変化」が成り立つ理由は示されない。公式として与えられる

2大学の視点で何が変わるか

大学物理では、この定理を運動方程式から直接導出します。

高校 vs 大学:仕事-エネルギーの定理
高校:公式として与えられる
$W = \Delta K$ を覚えて使う。
等加速度運動で「確認」するが、一般的な証明はない。
大学:$F = ma$ から導出する
運動方程式を変位で積分するだけで出てくる。
加速度が一定でなくても成り立つことが分かる。
高校:$\frac{1}{2}mv^2$ の由来が不明
なぜ $\frac{1}{2}$ が付くのか?
大学:$v\,dv$ の積分結果
$\int v\,dv = \frac{1}{2}v^2$ から自然に現れる。
$\frac{1}{2}$ は積分の帰結。
この記事で得られること

運動エネルギーの定理を自分で導出できる。 $F = ma$ の両辺に $dx$ をかけて積分するだけで、$W = \Delta K$ が得られます。 覚える必要がなくなります。

$\frac{1}{2}mv^2$ の $\frac{1}{2}$ の由来が分かる。 $v\,dv$ を積分すると $\frac{1}{2}v^2$ になります。これが $\frac{1}{2}$ の正体です。

力が変化する一般的な場合でも定理が成り立つことが分かる。 等加速度運動に限定されない、より強い結果です。

3運動方程式からの導出

仕事-エネルギーの定理を運動方程式から導出します。 使うのは $F = ma$ と微積分だけです。

仕事-エネルギーの定理の導出

出発点:運動方程式 $F = m\dfrac{dv}{dt}$

ステップ1:両辺に微小変位 $dx$ をかけます。

$$F\,dx = m\frac{dv}{dt}\,dx$$

ステップ2:右辺を変形します。$\dfrac{dx}{dt} = v$ なので、$dx = v\,dt$ です。

$$F\,dx = m\frac{dv}{dt} \cdot v\,dt = mv\,dv$$

ステップ3:両辺を、初期状態から最終状態まで積分します。

$$\int_{x_0}^{x} F\,dx = \int_{v_0}^{v} mv\,dv$$

ステップ4:左辺は仕事 $W$ の定義そのもの。右辺を計算します。

$$W = m\left[\frac{1}{2}v^2\right]_{v_0}^{v} = \frac{1}{2}mv^2 - \frac{1}{2}mv_0^2$$

仕事-エネルギーの定理(Work-Energy Theorem)

$$W_{\text{合}} = \frac{1}{2}mv^2 - \frac{1}{2}mv_0^2 = \Delta K$$

全ての力がした仕事の合計は、運動エネルギーの変化に等しい。 $K = \frac{1}{2}mv^2$ を運動エネルギーと定義する。

この導出から分かることがいくつかあります。

導出から読み取れること

$\frac{1}{2}$ の由来:$\int v\,dv = \frac{1}{2}v^2$ という積分の結果です。 M-5-1 のバネの仕事で $\int x\,dx = \frac{1}{2}x^2$ としたのと同じ構造です。

力が一定である必要はない:導出のどこにも「力が一定」という仮定は使っていません。 力が位置や時間に依存して変化しても、この定理は成り立ちます。

運動エネルギーは「導かれる」量:$\frac{1}{2}mv^2$ という量は、 運動方程式を積分する過程で自然に現れるものであり、天下り的に定義されたものではありません。

「$F\,dx = mv\,dv$」の変形がポイント

この導出の核心は、$\dfrac{dv}{dt}\,dx = v\,dv$ という変形です。 これは $\dfrac{dx}{dt} = v$ を使っただけの単純な書き換えですが、 左辺が「位置の変化」、右辺が「速度の変化」という異なる変数に積分を移し替えています。

この操作によって、力と変位の関係(仕事)が速度の変化(運動エネルギー)と 結びつくのです。

4仕事-エネルギーの定理の意味

仕事-エネルギーの定理が述べていることを、正確に整理しましょう。

定理の意味

全ての力がした仕事の合計が、運動エネルギーの変化に等しい。

ここで「全ての力」とは、物体に作用する力をすべて含みます。 重力、垂直抗力、摩擦力、張力、バネの弾性力など、種類を問いません。

仕事がゼロの力(垂直抗力など、移動方向と垂直な力)は 含めても結果に影響しないので、実質的には無視できます。

なぜ「運動方程式の帰結」と言えるのか

仕事-エネルギーの定理は、$F = ma$ を変位で積分しただけで得られました。 したがって、$F = ma$ が成り立つ限り、この定理は自動的に成り立ちます。

高校で独立した公式として与えられていた $W = \Delta K$ は、 実は運動方程式に含まれている情報を別の形で表現したものだったのです。

落とし穴:「仕事」を計算するときの注意

誤り:「特定の1つの力がした仕事が運動エネルギーの変化に等しい」

正しい:全ての力の仕事の合計が運動エネルギーの変化に等しい」

例えば、摩擦がある斜面を滑り下りる物体では、重力の仕事と摩擦力の仕事の合計が 運動エネルギーの変化に等しくなります。重力の仕事だけを取り出して $\Delta K$ と等しいとするのは誤りです。

5応用例

例1:摩擦がある場合

質量 $m$ の物体が水平面上を初速度 $v_0$ で滑り始め、動摩擦力 $f$ によって減速する場合を考えます。 距離 $d$ だけ滑ったときの速度 $v$ を求めましょう。

仕事-エネルギーの定理を適用します。

  • 動摩擦力の仕事:$W_f = -fd$(運動方向と逆向きなので負)
  • 垂直抗力の仕事:$W_N = 0$(移動方向と垂直)
  • 重力の仕事:$W_g = 0$(移動方向と垂直)

$$W_{\text{合}} = -fd = \frac{1}{2}mv^2 - \frac{1}{2}mv_0^2$$

$$v = \sqrt{v_0^2 - \frac{2fd}{m}}$$

この式は等加速度運動の第3式 $v^2 = v_0^2 + 2ax$ で $a = -f/m$ とした場合と一致します。 仕事-エネルギーの定理は、運動方程式を解いたのと同じ結果を、仕事の計算だけで与えてくれます。

例2:複数の力がある場合

質量 $m$ の物体に、水平方向の力 $F$(一定)と動摩擦力 $f$ が作用し、 距離 $d$ だけ水平に移動する場合を考えます。

$$W_{\text{合}} = Fd - fd = (F - f)d = \Delta K$$

仕事をする力がいくつあっても、それらの仕事の合計を計算し、$\Delta K$ と等しいとおけばよいのです。 運動方程式で合力を $F - f$ として解くのと、同じ情報を違う角度から使っています。

運動方程式アプローチ vs エネルギーアプローチ
運動方程式:$F = ma$ を解く
力 → 加速度 → 速度 → 位置
ベクトル量を扱う。時間の情報も得られる。
エネルギー:$W = \Delta K$ を使う
仕事 → 運動エネルギーの変化 → 速度
スカラー量。方向を考えなくてよい。

6つながりマップ

仕事-エネルギーの定理は、エネルギー保存則に至る道の中間ステップです。

  • ← M-5-1 仕事の定義:仕事の一般的定義(線積分)を前提として使っている。仕事の計算方法を確認するにはこの記事を参照。
  • → M-5-3 位置エネルギー:仕事を「保存力の仕事」と「非保存力の仕事」に分離する。保存力の仕事から位置エネルギーを定義する。
  • → M-5-4 力学的エネルギー保存則:$W = \Delta K$ と $W = -\Delta U$ を組み合わせてエネルギー保存則 $K + U = \text{const}$ を導く。
  • ← M-2-1 運動方程式:この定理の出発点は $F = ma$。運動方程式を位置で積分したものが仕事-エネルギーの定理であり、時間で積分したものが力積-運動量の定理(M-4-1)。

📋まとめ

  • 仕事-エネルギーの定理 $W_{\text{合}} = \Delta K$ は、運動方程式 $F = ma$ を変位で積分するだけで導出される
  • 運動エネルギー $K = \frac{1}{2}mv^2$ の $\frac{1}{2}$ は、$\int v\,dv = \frac{1}{2}v^2$ という積分の結果として自然に現れる
  • この定理は力が一定でなくても成り立つ。等加速度運動に限定されない一般的な結果である
  • 定理が述べているのは「全ての力がした仕事の合計 = 運動エネルギーの変化」であり、特定の1つの力の仕事ではない
  • エネルギーアプローチの利点は、スカラー量のみで計算でき、方向を考える必要がないこと

確認テスト

Q1. 仕事-エネルギーの定理を数式で書き、導出の出発点となる方程式を述べてください。

▶ クリックして解答を表示$W_{\text{合}} = \frac{1}{2}mv^2 - \frac{1}{2}mv_0^2 = \Delta K$。出発点はニュートンの運動方程式 $F = ma$。両辺に $dx$ をかけて積分することで導出される。

Q2. 運動エネルギー $\frac{1}{2}mv^2$ の $\frac{1}{2}$ はどこから来ますか。

▶ クリックして解答を表示$\int v\,dv = \frac{1}{2}v^2$ という積分の結果。$v$ の1次関数を積分すると $v^2$ の係数として $\frac{1}{2}$ が現れる。

Q3. 仕事-エネルギーの定理は等加速度運動にしか使えませんか。理由とともに答えてください。

▶ クリックして解答を表示等加速度運動に限定されない。導出の過程で「加速度が一定」という仮定をどこにも使っていないため。力が位置や時間に依存して変化する一般的な場合でも成り立つ。

Q4. 運動方程式を「変位で積分」すると仕事-エネルギーの定理が得られます。では「時間で積分」すると何が得られますか。

▶ クリックして解答を表示力積-運動量の定理 $\int F\,dt = \Delta(mv)$ が得られる。仕事-エネルギーの定理と力積-運動量の定理は、運動方程式の2つの異なる積分形式である。

9演習問題

仕事-エネルギーの定理を問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

5-2-1 A 基礎 仕事-エネルギーの定理

質量 $3.0$ kg の物体が静止している。これに大きさ $12$ N の一定の力を水平方向に加え、$6.0$ m 移動させた。摩擦がない場合、移動後の速度を仕事-エネルギーの定理を用いて求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$v \approx 6.9$ m/s

解説

仕事-エネルギーの定理 $W = \Delta K$ を適用します。

$W = Fd = 12 \times 6.0 = 72$ J

$72 = \frac{1}{2} \times 3.0 \times v^2 - 0$

$v^2 = \frac{2 \times 72}{3.0} = 48$

$v = \sqrt{48} = 4\sqrt{3} \approx 6.9$ m/s

B 発展レベル

5-2-2 B 発展 摩擦力と仕事

質量 $2.0$ kg の物体が水平面上を初速度 $8.0$ m/s で滑り始めた。動摩擦係数は $\mu = 0.30$、重力加速度を $g = 9.8$ m/s$^2$ とする。

(1) 物体が停止するまでに滑る距離を、仕事-エネルギーの定理を用いて求めよ。

(2) この問題を運動方程式で解いた場合と結果が一致することを確認せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $d \approx 10.9$ m

(2) 一致する。

解説

(1) 動摩擦力 $f = \mu mg = 0.30 \times 2.0 \times 9.8 = 5.88$ N

仕事-エネルギーの定理:$-fd = 0 - \frac{1}{2}mv_0^2$

$d = \frac{mv_0^2}{2f} = \frac{2.0 \times 64}{2 \times 5.88} \approx 10.9$ m

(2) 運動方程式:$ma = -f$ → $a = -f/m = -2.94$ m/s$^2$

$v^2 = v_0^2 + 2ad$ → $0 = 64 + 2(-2.94)d$ → $d = \frac{64}{5.88} \approx 10.9$ m

同じ結果が得られます。仕事-エネルギーの定理は運動方程式の帰結なので、一致するのは当然です。

採点ポイント
  • 動摩擦力を正しく計算(2点)
  • 仕事-エネルギーの定理を正しく適用(3点)
  • 運動方程式からも同じ結果を得る(3点)

C 応用レベル

5-2-3 C 応用 変化する力 導出

質量 $m$ の物体が、位置に依存する力 $F(x) = F_0\left(1 - \dfrac{x}{L}\right)$($F_0, L$ は正の定数)を受けて、$x = 0$ から $x = L$ まで移動する。初速度は $v_0$ とする。

(1) この力がする仕事 $W$ を積分で求めよ。

(2) $x = L$ における速度を求めよ。

(3) この問題に高校の公式 $W = Fs$ を直接適用できない理由を述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $W = \dfrac{1}{2}F_0 L$

(2) $v = \sqrt{v_0^2 + \dfrac{F_0 L}{m}}$

(3) 力 $F(x)$ が位置に依存して変化するため、力は一定ではない。$W = Fs$ は力が一定の場合にのみ使える。

解説

(1) $W = \int_0^L F_0\left(1 - \dfrac{x}{L}\right)dx = F_0\left[x - \dfrac{x^2}{2L}\right]_0^L = F_0\left(L - \dfrac{L}{2}\right) = \dfrac{1}{2}F_0 L$

(2) 仕事-エネルギーの定理より $W = \frac{1}{2}mv^2 - \frac{1}{2}mv_0^2$

$\frac{1}{2}F_0 L = \frac{1}{2}m(v^2 - v_0^2)$

$v = \sqrt{v_0^2 + \frac{F_0 L}{m}}$

(3) $F(x) = F_0(1 - x/L)$ は $x = 0$ で $F_0$、$x = L$ で $0$ と変化します。「力が一定」という前提が満たされないため、$W = Fs$ は使えません。正しくは積分を用います。

採点ポイント
  • 積分を正しく設定する(2点)
  • 積分を正しく実行して $\frac{1}{2}F_0 L$ を得る(3点)
  • 仕事-エネルギーの定理から速度を求める(3点)
  • 力が一定でないことを明確に指摘する(2点)