高校物理では、仕事を $W = F\cos\theta \times s$ で定義し、力と移動方向が同じなら $W = Fs$ として計算します。
この定義は明快であり、一定の力が直線方向に働く場合には十分に使えます。
大学物理では、仕事を力の線積分として定義し直します。
これにより、力が変化する場合や経路が曲線の場合でも、同じ枠組みで仕事を計算できるようになります。
高校の $W = Fs$ は、この一般的な定義の最も単純な特殊ケースに位置づけられます。
この記事では、高校の仕事の定義がどのような制約を持つかを確認した上で、
線積分による一般的な定義が何を可能にするのかを具体的に示します。
高校物理では、仕事を次のように定義します。
力 $F$ が物体に作用し、物体が力の方向に対して角度 $\theta$ の方向へ距離 $s$ だけ移動したとき、
$$W = Fs\cos\theta$$
力と移動方向が同じ($\theta = 0$)なら $W = Fs$、垂直($\theta = 90°$)なら $W = 0$、 逆向き($\theta = 180°$)なら $W = -Fs$ となります。
この定義には次のような前提があります。
高校では、バネの仕事 $W = \frac{1}{2}kx^2$ は公式として与えられます。 なぜこの形になるかは、v-tグラフの面積の類推で説明されることもありますが、 厳密な導出は高校の範囲外です。
大学物理では、仕事の定義を一般化します。 具体的に何ができるようになるかを先に確認しましょう。
仕事の一般的な定義を理解できる。 力の線積分 $W = \int \mathbf{F} \cdot d\mathbf{r}$ の意味を理解し、 高校の公式がその特殊ケースであることが分かります。
バネの仕事を自分で導出できる。 $W = \frac{1}{2}kx^2$ を暗記する代わりに、積分で導けるようになります。 なぜ $\frac{1}{2}$ が現れるのかも明確になります。
正の仕事・負の仕事の意味が明確になる。 内積の符号から、力が物体にエネルギーを与えるのか奪うのかが数学的に判定できます。
大学物理での仕事の定義は次の通りです。
$$W = \int_A^B \mathbf{F} \cdot d\mathbf{r}$$
この式の意味を段階的に理解していきましょう。
ベクトルの内積 $\mathbf{F} \cdot d\mathbf{r}$ は、力 $\mathbf{F}$ の「移動方向成分」に微小距離 $|d\mathbf{r}|$ をかけたものです。 成分で書くと、
$$\mathbf{F} \cdot d\mathbf{r} = F_x\,dx + F_y\,dy$$
したがって、仕事の一般式は成分表示では次のようになります。
$$W = \int_A^B (F_x\,dx + F_y\,dy)$$
通常の積分は $\int f(x)\,dx$ のように1つの変数について行いますが、 線積分は経路に沿って積分します。 経路が直線でも曲線でも、同じ方法で計算できます。
力 $\mathbf{F}$ が一定で、物体が直線的に距離 $s$ だけ移動する場合を考えます。
力が一定なので積分の外に出せます:
$$W = \int_A^B \mathbf{F} \cdot d\mathbf{r} = \mathbf{F} \cdot \int_A^B d\mathbf{r} = \mathbf{F} \cdot \Delta\mathbf{r}$$
$|\Delta\mathbf{r}| = s$、力と変位のなす角が $\theta$ なので:
$$W = Fs\cos\theta$$
高校の公式は「力が一定、直線運動」の特殊ケースとして得られました。
不正確:「仕事は力と距離をかけたもの」
正確:仕事は力の移動方向成分と微小変位の積を経路全体で足し合わせたもの。 力が一定で直線運動の場合に限り $W = Fs\cos\theta$ と簡略化される
力と垂直な方向への移動では仕事はゼロです。「力 × 距離」ではこの事実が見えません。
1次元の運動(直線運動)では、線積分は通常の積分に帰着します。
$$W = \int_{x_1}^{x_2} F(x)\,dx$$
この式は、力 $F$ が位置 $x$ に依存して変化する場合にも使えます。 高校で $F$-$x$ グラフの面積が仕事を表すと教わりますが、 それは積分の定義そのものだったのです。
バネの弾性力は $F = kx$($k$:ばね定数、$x$:自然長からの変位)です。 自然長の位置($x = 0$)から $x$ まで物体を引っ張るとき、 外力がする仕事を求めましょう。
外力は弾性力とつりあいながら物体を引っ張るので、$F_{\text{ext}} = kx'$ です($x'$ は積分変数)。
$$W = \int_0^x kx'\,dx'$$
$x'$ の積分公式 $\int x'\,dx' = \frac{1}{2}x'^2$ を使うと:
$$W = k \left[\frac{1}{2}x'^2\right]_0^x = \frac{1}{2}kx^2$$
$\frac{1}{2}$ は $x'$ を積分したときに自動的に現れるものであり、暗記する必要はありません。
$\frac{1}{2}kx^2$ の $\frac{1}{2}$ は、力 $kx'$ が $x'$ に比例するため、 $F$-$x$ グラフが直線(三角形)になることに対応しています。
三角形の面積は「底辺 × 高さ ÷ 2」であり、 $\frac{1}{2}$ は「面積計算の結果」として出てくるものです。 積分すればこの $\frac{1}{2}$ は自動的に得られます。
高校の $W = Fs\cos\theta$ は、力 $F$ が一定であることを前提としています。 バネのように力が位置に依存する場合、$F$ は一定ではないのでこの公式は直接使えません。
そのため高校では、バネの仕事を別の公式 $W = \frac{1}{2}kx^2$ として 個別に覚える必要がありました。 大学の定義(積分)を使えば、すべての場合を統一的に扱えます。
仕事の符号は、力と変位の内積 $\mathbf{F} \cdot d\mathbf{r}$ の符号によって決まります。
| 力と変位の関係 | 内積の符号 | 仕事の符号 | 物理的意味 |
|---|---|---|---|
| 同じ向き($0° \leq \theta < 90°$) | 正 | $W > 0$ | 力が物体にエネルギーを与える |
| 垂直($\theta = 90°$) | ゼロ | $W = 0$ | 力はエネルギーの増減に寄与しない |
| 逆向き($90° < \theta \leq 180°$) | 負 | $W < 0$ | 力が物体からエネルギーを奪う |
誤解:「強い力をかければ、必ず大きな仕事をする」
正:力がどれだけ大きくても、移動方向と垂直なら仕事はゼロ。 例:等速円運動の向心力は常に速度に垂直なので仕事をしない。壁を押し続けても物体が動かなければ仕事はゼロ。
仕事の定義は、エネルギーの概念全体の出発点です。
Q1. 大学物理における仕事の一般的な定義を式で書き、高校の公式 $W = Fs\cos\theta$ がどのような条件のもとで成り立つか述べてください。
Q2. バネの弾性力 $F = kx$ を自然長の位置から $x$ まで移動させるとき、外力がする仕事を積分で求めてください。
Q3. 等速円運動をする物体に対して、向心力がする仕事はいくらですか。その理由も述べてください。
Q4. 「仕事が負」とは物理的にどのような状況を意味しますか。具体例を1つ挙げてください。
仕事の定義と線積分の関係を問題で確認しましょう。
水平面上で質量 $2.0$ kg の物体に、水平方向から $60°$ の角度で大きさ $10$ N の力を加え、水平方向に $5.0$ m 移動させた。この力がした仕事を求めよ。
$W = 25$ J
力が一定、直線運動なので高校の公式が使えます。
$W = Fs\cos\theta = 10 \times 5.0 \times \cos 60° = 10 \times 5.0 \times 0.5 = 25$ J
線積分の定義からも同じ結果が得られます:$W = \int_A^B \mathbf{F} \cdot d\mathbf{r} = F\cos\theta \times s = 25$ J
一直線上で、物体に作用する力が $F(x) = 3x^2 + 2x$(N)で与えられている。物体が $x = 0$ m から $x = 2.0$ m まで移動するとき、この力がする仕事を求めよ。
$W = 12$ J
力が位置に依存するので、高校の公式 $W = Fs$ は使えません。積分を用います。
$$W = \int_0^{2} (3x^2 + 2x)\,dx = \left[x^3 + x^2\right]_0^{2} = (8 + 4) - 0 = 12 \text{ J}$$
$3x^2$ の積分は $x^3$、$2x$ の積分は $x^2$ です。
ばね定数 $k = 200$ N/m のばねがある。自然長の状態から $x = 0.10$ m 伸ばすとき、次の問いに答えよ。
(1) 外力がする仕事を積分で求めよ。
(2) ばねの弾性力がする仕事を求めよ。(1)の結果との関係を説明せよ。
(3) 高校の公式 $W = Fs$ で $F = kx = 200 \times 0.10 = 20$ N、$s = 0.10$ m として $W = 2.0$ J と計算すると誤りである。なぜ誤りかを説明せよ。
(1) $W_{\text{ext}} = 1.0$ J
(2) $W_{\text{spring}} = -1.0$ J。外力と弾性力の仕事は大きさが等しく符号が逆。
(3) $F = kx$ は最終的な力の値であり、移動中の力は $0$ から $kx$ まで変化している。一定でない力に $W = Fs$ を適用することはできない。
(1) $W_{\text{ext}} = \int_0^{0.10} kx'\,dx' = \frac{1}{2} \times 200 \times (0.10)^2 = 1.0$ J
(2) 弾性力は外力と逆向きなので $F_{\text{spring}} = -kx'$ です。
$W_{\text{spring}} = \int_0^{0.10} (-kx')\,dx' = -\frac{1}{2}k(0.10)^2 = -1.0$ J
つりあいながらゆっくり伸ばす場合、外力の仕事は弾性力の仕事の符号を反転したものに等しくなります。
(3) $W = Fs$ は力が一定のときにのみ使える公式です。バネの力は $x' = 0$ のとき $0$ N、$x' = 0.10$ m のとき $20$ N と変化しています。$F = 20$ N は最大値であり、全体の代表値ではありません。正しくは積分を用いて、面積(三角形の面積 $= \frac{1}{2} \times 0.10 \times 20 = 1.0$ J)を計算する必要があります。