高校物理では、レンツの法則を「磁束の変化を妨げる向きに誘導電流が流れる」と学びます。
この規則は正しく、入試問題で電流の向きを判定するのに十分使えます。
大学物理では、レンツの法則をエネルギー保存則の帰結として理解します。
もし誘導電流が磁束の変化を「助ける」向きに流れたらどうなるか ── 背理法で考えると、エネルギーが無限に増大し、物理法則に矛盾します。
レンツの法則は「そう覚えるべきもの」ではなく、エネルギー保存から論理的に導かれる必然です。
この記事では、レンツの法則の内容を確認した上で、なぜそうでなければならないかを論理的に示します。
高校物理では、レンツの法則を次のように学びます。
この規則を使って、右ねじの法則と組み合わせて電流の向きを判定します。 入試では正しく向きを判定できれば得点できるため、「なぜ妨げる向きなのか」は問われません。
しかし、「なぜ妨げる向きなのか」には明確な理由があります。 それがエネルギー保存則です。
レンツの法則を「導ける」ようになる。 エネルギー保存則と背理法を使って、誘導電流の向きが妨げる方向でなければならない理由を論理的に説明できます。
ファラデーの法則のマイナス符号の必然性が分かる。 $\text{EMF} = -d\Phi/dt$ のマイナスが物理的に何を意味し、なぜプラスではあり得ないかを理解します。
渦電流と電磁ブレーキの原理が分かる。 レンツの法則の応用として、導体板中に生じる渦電流と、それを利用した電磁ブレーキの仕組みを学びます。
誘導起電力(および誘導電流)は、それを引き起こした磁束の変化を妨げる向きに生じる。
具体的には、次のように判定します。
| 磁束の変化 | 誘導電流が作る磁場の向き | 結果 |
|---|---|---|
| 磁束が増加 | 元の磁場と逆向き | 磁束の増加を抑制 |
| 磁束が減少 | 元の磁場と同じ向き | 磁束の減少を抑制 |
いずれの場合も、誘導電流は「現状維持」の方向に働きます。 このことをエネルギー保存の観点から証明します。
レンツの法則を背理法で証明します。 「もし誘導電流が磁束の変化を助ける向きに流れたら何が起こるか」を考えます。
設定:N極を上にした磁石をコイルに近づける場面を考えます。コイルを貫く上向きの磁束が増加します。
仮定(逆向き):もし誘導電流が磁束の増加を「助ける」向き、すなわち上向きの磁場を作る向きに流れたとします。
ステップ1:誘導電流が作る磁場は上向き → コイルを貫く磁束がさらに増加する。
ステップ2:磁束がさらに増加する → ファラデーの法則により、さらに大きな誘導起電力が生じる。
ステップ3:さらに大きな起電力 → さらに大きな誘導電流 → さらに磁束が増加 → ...
結論:正のフィードバックにより、電流と磁束が際限なく増大します。外部からエネルギーを供給していないにもかかわらず、回路のエネルギー($\frac{1}{2}LI^2$)が無限に増えることになります。
矛盾:これはエネルギー保存則に違反します。無からエネルギーを生み出す永久機関はあり得ません。したがって、仮定が誤りであり、誘導電流は磁束の変化を妨げる向きに流れなければなりません。
レンツの法則は独立した経験法則ではなく、エネルギー保存則から論理的に導かれる必然です。
ファラデーの法則のマイナス符号がプラスだったら、永久機関が実現してしまいます。 マイナスでなければ物理法則全体が整合しないのです。
高校では「暗記すべき法則」だったものが、大学では「導ける定理」に変わります。 これが大学物理を学ぶ具体的な利点の一例です。
誤:「誘導電流は磁束の変化を完全に打ち消す」
正:誘導電流は磁束の変化を妨げる(減速させる)だけであり、完全には打ち消しません。 もし完全に打ち消したら、磁束は変化しないことになり、そもそも誘導電流が流れる理由がなくなります。 誘導電流による磁場は元の変化より常に弱く、変化を「減速させる」にとどまります。
N極を上にした棒磁石をコイルの上から近づけます。
同じ磁石をコイルから引き離します。
いずれの場合も、誘導電流は磁石の運動を「妨げる」方向に力を及ぼします。 磁石を動かすためには外力が仕事をする必要があり、その仕事が電流のエネルギー(ジュール熱)に変換されます。 エネルギーの出所が明確であり、永久機関にはなりません。
レンツの法則は、コイルだけでなく導体板全般に適用されます。
導体板が変動する磁場中にあると、導体板の内部に閉じた経路を流れる誘導電流が生じます。 これを渦電流(eddy current)と呼びます。 渦電流はレンツの法則に従い、磁束の変化を妨げる向きに流れます。
金属板が磁場中を通過するとき、渦電流が生じます。 レンツの法則により、渦電流は金属板の運動を妨げる方向に力を及ぼします。 これが電磁ブレーキの原理です。
どちらの場合も運動を妨げる方向に力が働くため、摩擦なしに制動力が得られます。 金属板の運動エネルギーは渦電流によるジュール熱に変換されます。
電磁ブレーキは新幹線やジェットコースターの制動装置に利用されています。 機械的な摩擦ブレーキと異なり、接触部分がないため摩耗しません。 また、速度が速いほど渦電流が大きくなるため、制動力も速度に比例して大きくなるという特性があります。 ただし、速度がゼロに近づくと制動力も弱くなるため、停止直前には別の制動装置が必要です。
Q1. レンツの法則が成り立つ根本的な理由を一文で述べてください。
Q2. ファラデーの法則 $\text{EMF} = -d\Phi/dt$ のマイナス符号とレンツの法則の関係を説明してください。
Q3. N極を下にした磁石をコイルの上方から近づけるとき、コイルを上から見た誘導電流の向きはどちらですか。
Q4. 電磁ブレーキにおいて、金属板の速度がゼロに近づくとブレーキ力が弱くなるのはなぜですか。
レンツの法則の理解を深める問題に取り組みましょう。
水平に置かれた円形コイルの上方から、S極を下にした棒磁石を近づける。次の問いに答えよ。
(1) コイルを貫く磁束はどのように変化するか。
(2) コイルを上から見て、誘導電流はどちら回りか。
(3) コイルの上面はN極、S極のどちらになるか。
(1) コイルを貫く上向きの磁束が増加する(S極が下を向いているので、磁力線はS極に向かって上向き → 磁場は上向き)。
(2) 上から見て時計回り。
(3) S極。
(1) S極を下に向けた磁石が上から近づくと、コイルの位置での磁場は上向き(磁力線は外部ではN極からS極に向かう。磁石内部は逆だが、コイルの位置では磁力線はS極に吸い込まれる方向、つまり上向き)。磁石が近づくとこの磁場が強くなるので、上向き磁束が増加します。
(2) 上向き磁束の増加を妨げるため、コイルは下向きの磁場を作る向きに電流を流します。右ねじの法則より、上から見て時計回りです。
(3) 時計回りの電流が作る磁場は下向きなので、上面はS極です。S極どうし(磁石のS極とコイルの上面のS極)が反発し、磁石の接近を妨げます。
「もしレンツの法則が逆(誘導電流が磁束の変化を助ける向きに流れる)だったら、永久機関が作れてしまう」ことを、導体棒がレール上を滑る設定で具体的に説明せよ。
磁場中のレール上を導体棒が速度 $v$ で動くと、面積変化により磁束が増加する。もし誘導電流が磁束の増加を助ける向きに流れたとすると、その電流が磁場から受ける力(アンペール力)は導体棒の運動を加速する方向に働く。すると導体棒はさらに速くなり、磁束変化がさらに大きくなり、電流もさらに増え、力もさらに大きくなる。この正のフィードバックにより、外部からエネルギーを供給しなくても導体棒は際限なく加速し、運動エネルギーが無限に増大する。これは永久機関であり、エネルギー保存則に違反する。
実際のレンツの法則では、誘導電流が磁場から受ける力は導体棒の運動を減速する方向に働きます。導体棒を動かし続けるには外力が必要であり、外力がした仕事が電流のエネルギー(回路での抵抗によるジュール熱)に変換されます。エネルギーの収支が合っており、矛盾は生じません。
磁場 $B$ が紙面に垂直に入っている領域を、幅 $l$、抵抗 $R$ の金属板が速度 $v$ で通過する。金属板の質量は $m$ とし、摩擦はないものとする。次の問いに答えよ。
(1) 金属板に生じる誘導起電力の大きさを求めよ。
(2) 渦電流の大きさを求めよ。
(3) 渦電流が金属板に及ぼす力の大きさと向きを求めよ。この力はレンツの法則と整合しているか説明せよ。
(1) $|\text{EMF}| = Blv$
(2) $I = \dfrac{Blv}{R}$
(3) $F = BIl = \dfrac{B^2 l^2 v}{R}$、向きは金属板の運動と逆向き(制動方向)。レンツの法則より、渦電流は金属板の運動を妨げる方向に力を及ぼすので整合している。
(1) 金属板が速度 $v$ で磁場に入るとき、$d\Phi/dt = Blv$ より $|\text{EMF}| = Blv$。
(2) オームの法則より $I = \text{EMF}/R = Blv/R$。
(3) 渦電流 $I$ が磁場 $B$ 中で受ける力は $F = BIl = B^2l^2v/R$。レンツの法則により、渦電流は運動を妨げる向きに流れるため、力の向きは金属板の運動と逆向きです。この力は速度 $v$ に比例するため、速度が大きいほど強い制動力が働きます。金属板の運動エネルギーは $P = Fv = B^2l^2v^2/R$ の割合でジュール熱に変換されます。