高校物理では、磁石のまわりに「磁場」があり、磁力線で可視化するという話を学びます。
磁場の強さの単位としてT(テスラ)が登場し、磁力線の本数が磁場の強さに対応するという説明を受けます。
しかし、磁場$H$と磁束密度$B$の区別は曖昧なままで、「磁場とは何か」という定義は明確にされません。
大学物理では、磁場$\boldsymbol{B}$(磁束密度)をローレンツ力を通じて厳密に定義します。
電場$\boldsymbol{E}$がクーロン力で定義されたのと同様に、磁場$\boldsymbol{B}$は荷電粒子に働く力から定義されます。
また、磁力線が必ず閉曲線になるという事実は、$\nabla \cdot \boldsymbol{B} = 0$(マクスウェル方程式の1つ)として数式化されます。
この記事では、磁場$\boldsymbol{B}$の定義、磁力線の性質、磁束の概念を整理し、
大学の視点で磁場を理解することで何が見えるようになるのかを示します。
高校物理では、磁場について次のように学びます。
これらの道具は入試で十分に使えますが、いくつかの点が曖昧なままです。
大学物理では、これらの曖昧さを1つずつ解消していきます。
磁場の定義が明確になる。 ローレンツ力 $\boldsymbol{F} = q\boldsymbol{v} \times \boldsymbol{B}$ から磁場 $\boldsymbol{B}$ を定義することで、 「磁場とは何か」に対して物理的に明確な答えが得られます。
電場との対応が見える。 電場 $\boldsymbol{E}$ がクーロン力で定義されたのと同様に、磁場 $\boldsymbol{B}$ もローレンツ力で定義されます。 電磁気学は $\boldsymbol{E}$ と $\boldsymbol{B}$ の2つのベクトル場で記述されるという全体像が見えてきます。
磁力線が閉曲線である理由が分かる。 磁気単極子が存在しないという事実が $\nabla \cdot \boldsymbol{B} = 0$ として表され、 これがマクスウェル方程式の4本のうちの1つであることが分かります。
電場 $\boldsymbol{E}$ は「静止した電荷 $q$ に力 $\boldsymbol{F} = q\boldsymbol{E}$ を及ぼす場」として定義されました。 では、磁場 $\boldsymbol{B}$ はどのように定義するのでしょうか。
実験事実として、運動する荷電粒子は磁場中で力を受けます。 静止している荷電粒子には磁場からの力は働きません。 この実験事実から、磁場 $\boldsymbol{B}$ を次のように定義します。
$$\boldsymbol{F} = q\boldsymbol{v} \times \boldsymbol{B}$$
外積 $\boldsymbol{v} \times \boldsymbol{B}$ の結果は、$\boldsymbol{v}$ と $\boldsymbol{B}$ の両方に垂直なベクトルです。 大きさは $|\boldsymbol{F}| = qvB\sin\theta$($\theta$ は $\boldsymbol{v}$ と $\boldsymbol{B}$ のなす角)です。
ここから重要な性質が読み取れます。
磁場からの力 $\boldsymbol{F} = q\boldsymbol{v} \times \boldsymbol{B}$ は常に速度に垂直なので、 $\boldsymbol{F} \cdot \boldsymbol{v} = 0$ です。 つまり、磁場は荷電粒子の速さ(運動エネルギー)を変えることはなく、運動の向きだけを変えます。
これは電場との大きな違いです。電場は荷電粒子に仕事をして加速・減速できますが、 磁場は「方向を曲げる」ことしかできません。
$\boldsymbol{F} = q\boldsymbol{v} \times \boldsymbol{B}$ から、$B$ の単位を確認します。
$[B] = \dfrac{[F]}{[q][v]} = \dfrac{\text{N}}{\text{C} \cdot \text{m/s}} = \dfrac{\text{kg}}{\text{A} \cdot \text{s}^2} = \text{T}$(テスラ)
$1\,\text{T} = 1\,\text{Wb/m}^2$(ウェーバー毎平方メートル)とも表せます。
誤解:「$B$ と $H$ は同じもの」
正確には:$\boldsymbol{B}$ は磁束密度(単位: T)、$\boldsymbol{H}$ は磁場の強さ(単位: A/m)。 真空中は $\boldsymbol{B} = \mu_0 \boldsymbol{H}$ の関係がありますが、物質中(磁性体中)では磁化 $\boldsymbol{M}$ が加わり $\boldsymbol{B} = \mu_0(\boldsymbol{H} + \boldsymbol{M})$ となります。
高校物理では真空中しか扱わないため $B$ と $H$ を区別する必要がなく、 両方を「磁場」と呼んでいました。大学物理では $\boldsymbol{B}$ を「磁束密度」または「磁場」、 $\boldsymbol{H}$ を「磁場の強さ」と呼び分けます。
電場を電気力線で可視化したのと同様に、磁場 $\boldsymbol{B}$ を磁力線で可視化します。 磁力線は各点で $\boldsymbol{B}$ の方向に接する曲線です。
ここまでは電気力線とまったく同じです。しかし、決定的な違いが1つあります。
電気力線は正電荷(湧き出し)から出て負電荷(吸い込み)に入りますが、 磁力線には始点も終点もありません。磁力線は必ず閉じた曲線を描きます。
棒磁石の場合、磁力線は外側で N極から S極へ向かいますが、 磁石の内部で S極から N極へ戻り、全体として閉じたループになっています。
これは「磁気単極子(磁荷)は存在しない」という実験事実の反映です。 正電荷や負電荷は単独で存在しますが、N極だけ、S極だけの磁荷は見つかっていません。
磁気単極子(モノポール)が存在するかどうかは、物理学の未解決問題の1つです。 ディラックは1931年に、磁気単極子が存在すれば電荷の量子化が自然に説明できることを示しました。 大統一理論の多くも磁気単極子の存在を予測しています。
しかし、現在まで磁気単極子は実験で観測されていません。 $\nabla \cdot \boldsymbol{B} = 0$ は、現在の実験事実に基づく方程式です。
電場に対して「電束」を定義したのと同じ考え方で、磁場に対して磁束 $\Phi$ を定義します。
$$\Phi = \int_S \boldsymbol{B} \cdot d\boldsymbol{A}$$
磁束 $\Phi$ の直感的な意味は、「ある面を貫く磁力線の本数」です。 磁場 $\boldsymbol{B}$ が面に垂直で一様な場合は単純に $\Phi = BA$ となります。 磁場が面に対して角度 $\theta$ で傾いている場合は $\Phi = BA\cos\theta$ です。
磁力線が閉曲線であること ── すなわち磁気単極子が存在しないこと ── は、 閉曲面に対するガウスの法則として次のように表されます。
$$\oint_S \boldsymbol{B} \cdot d\boldsymbol{A} = 0$$
この法則の意味を考えてみましょう。
微分形で書くと $\nabla \cdot \boldsymbol{B} = 0$ となり、これはマクスウェル方程式4本のうちの1つです。
電磁気学のすべての法則は、4つのマクスウェル方程式に集約されます。 $\nabla \cdot \boldsymbol{B} = 0$ はその2番目の式です。
残りの3つは、ガウスの法則(電場版)、ファラデーの法則、アンペール-マクスウェルの法則です。 この教科書の第IV編を通して、4つすべてを学んでいきます。
磁場 $\boldsymbol{B}$ の定義と磁力線の性質は、電磁気学の後半全体の土台です。
Q1. 磁場 $\boldsymbol{B}$ の中を速度 $\boldsymbol{v}$ で運動する電荷 $q$ に働く力を式で書いてください。また、この力が荷電粒子に仕事をしない理由を述べてください。
Q2. 電場のガウスの法則と磁場のガウスの法則の右辺はどう違いますか。その違いは何を意味しますか。
Q3. 磁力線が閉曲線であるとは、具体的にどういうことですか。棒磁石を例に説明してください。
Q4. 荷電粒子が磁場 $\boldsymbol{B}$ に平行に運動しているとき、磁場からの力はいくらですか。理由も述べてください。
磁場の定義と磁力線に関する理解を、問題で確認しましょう。
磁束密度 $B = 0.50\,\text{T}$ の一様磁場中を、電荷 $q = 1.6 \times 10^{-19}\,\text{C}$ の粒子が速さ $v = 2.0 \times 10^6\,\text{m/s}$ で磁場に垂直に運動している。
(1) この粒子に働く磁場からの力の大きさを求めよ。
(2) 粒子が磁場に対して $30°$ の角度で運動している場合、力の大きさはいくらになるか。
(1) $F = 1.6 \times 10^{-13}\,\text{N}$
(2) $F = 8.0 \times 10^{-14}\,\text{N}$
(1) $\boldsymbol{v} \perp \boldsymbol{B}$ なので $F = qvB = 1.6 \times 10^{-19} \times 2.0 \times 10^6 \times 0.50 = 1.6 \times 10^{-13}\,\text{N}$
(2) $F = qvB\sin 30° = 1.6 \times 10^{-13} \times 0.50 = 8.0 \times 10^{-14}\,\text{N}$
磁束密度 $B = 0.30\,\text{T}$ の一様磁場がある。この磁場に対して面積 $A = 0.20\,\text{m}^2$ の平面が角度 $\theta$ だけ傾いている($\theta$ は面の法線と $\boldsymbol{B}$ のなす角)。
(1) $\theta = 0°$(面が磁場に垂直)のとき、面を貫く磁束を求めよ。
(2) $\theta = 60°$ のとき、面を貫く磁束を求めよ。
(3) 閉曲面を貫く磁束の総和が常にゼロである理由を、磁力線の性質から説明せよ。
(1) $\Phi = 0.060\,\text{Wb}$
(2) $\Phi = 0.030\,\text{Wb}$
(3) 磁力線は閉曲線であるため、閉曲面に入る磁力線は必ず閉曲面から出ていく。したがって、入る本数と出る本数が等しく、正味の磁束はゼロとなる。
(1) $\Phi = BA\cos 0° = 0.30 \times 0.20 \times 1 = 0.060\,\text{Wb}$
(2) $\Phi = BA\cos 60° = 0.30 \times 0.20 \times 0.50 = 0.030\,\text{Wb}$
(3) 磁気単極子が存在しないため、磁力線には始点も終点もない(閉曲線)。閉曲面の内側に磁力線の湧き出しや吸い込みがないので、閉曲面を外向きに貫く磁力線の本数と内向きに貫く本数は等しい。数式では $\oint \boldsymbol{B} \cdot d\boldsymbol{A} = 0$ と表される。
一様磁場 $\boldsymbol{B}$ の中を、質量 $m$、電荷 $q > 0$ の粒子が速度 $\boldsymbol{v}$($\boldsymbol{v} \perp \boldsymbol{B}$)で運動している。
(1) 磁場からの力が粒子に仕事をしないことを、$\boldsymbol{F} = q\boldsymbol{v} \times \boldsymbol{B}$ から示せ。
(2) (1)の結果から、粒子の速さが一定であることを示せ。
(3) 磁場からの力の大きさが一定であること、力が常に速度に垂直であることから、粒子の軌道が円であることを説明せよ。さらに、円運動の半径 $r$ を $m$, $v$, $q$, $B$ で表せ。
(1) 仕事率 $P = \boldsymbol{F} \cdot \boldsymbol{v} = q(\boldsymbol{v} \times \boldsymbol{B}) \cdot \boldsymbol{v} = 0$。外積 $\boldsymbol{v} \times \boldsymbol{B}$ は $\boldsymbol{v}$ に垂直なので内積はゼロ。
(2) 仕事率がゼロなので運動エネルギー $\frac{1}{2}mv^2$ は変化しない。$m$ は一定なので速さ $v$ も一定。
(3) $r = \dfrac{mv}{qB}$
(1) $\boldsymbol{F} = q\boldsymbol{v} \times \boldsymbol{B}$ は外積の定義より $\boldsymbol{v}$ に垂直。よって $\boldsymbol{F} \cdot \boldsymbol{v} = 0$。
(2) エネルギーと仕事の関係 $\dfrac{d}{dt}\left(\frac{1}{2}mv^2\right) = \boldsymbol{F} \cdot \boldsymbol{v} = 0$ より、$v = |\boldsymbol{v}|$ は時間によらず一定。
(3) 速さ $v$ が一定で、力の大きさ $F = qvB$ も一定($v$, $q$, $B$ がすべて一定なので)。力は常に速度に垂直であるから、力は向心力の役割を果たす。これは等速円運動の条件そのもの。等速円運動の運動方程式 $\dfrac{mv^2}{r} = qvB$ より $r = \dfrac{mv}{qB}$。