高校物理では、回折を「障害物の後ろに波が回り込む現象」として学び、単スリット回折の暗線条件 $a\sin\theta = m\lambda$ を公式として覚えます。
しかし、なぜ波が回り込むのか、なぜ暗線条件がこの形になるのかは、十分には説明されません。
大学物理では、回折をホイヘンスの原理の帰結として理解します。
スリット内の無数の点からの素元波が干渉し、特定の角度で打ち消し合うことで回折パターンが生じます。
これは前の記事で扱った干渉の枠組みの自然な拡張です。
この記事では、単スリット回折のパターンの導出と、回折が光学機器の分解能を制限するメカニズムを説明します。
高校物理では、回折について次のことを学びます。
この知識で基本的な問題は解けますが、次の疑問が残ります。
回折の物理的メカニズムを理解できる。 ホイヘンスの原理を使って、スリット内の各点からの素元波の干渉として回折を説明できるようになります。
暗線条件を「導出できる」ようになる。 $a\sin\theta = m\lambda$ がスリット内の波の打ち消し合いの条件であることを理解し、自力で導出できます。
回折が光学機器の性能限界を決めることを理解できる。 レイリーの分解能基準を通じて、望遠鏡や顕微鏡の分解能が回折で制限されることが分かります。
幅 $a$ の単スリットに平面波が垂直に入射する場合を考えます。 ホイヘンスの原理により、スリットの各点が新たな素元波の中心になります。
スクリーン上のある点に到達する光は、スリットの各点から出た素元波の重ね合わせです。 $\theta = 0$(正面方向)ではすべての素元波が同位相で到達するため強め合いますが、 $\theta \neq 0$ ではスリット内の各点からの経路差が生じ、干渉が起こります。
角度 $\theta$ の方向について考えます。スリットの上端と下端からの経路差は $a\sin\theta$ です。
$a\sin\theta = \lambda$ の場合:スリットを上半分と下半分に分けます。上半分の各点と下半分の対応する点の経路差はちょうど $\lambda/2$ になります。したがって、上半分からの波と下半分からの波は完全に打ち消し合います。
$a\sin\theta = 2\lambda$ の場合:スリットを4等分します。隣接する区間どうしの経路差が $\lambda/2$ となり、すべて打ち消し合います。
一般に $a\sin\theta = m\lambda$($m = \pm 1, \pm 2, \ldots$):スリットを $2m$ 等分すると、隣接する区間が互いに打ち消し合い、暗線になります。
$$a\sin\theta = m\lambda \quad (m = \pm 1, \pm 2, \ldots, \quad m \neq 0)$$
混同:$d\sin\theta = m\lambda$(回折格子の明線条件)と $a\sin\theta = m\lambda$(単スリットの暗線条件)は同じ形だが、意味が逆
区別:回折格子では $N$ 本のスリット間の干渉で強め合う条件。単スリットではスリット内部の干渉で打ち消し合う条件。同じ形の式でも、導出のメカニズムが異なります。
回折は「スリット内の無数の点からの波の干渉」です。干渉は「2つ(または有限個)の波源からの波の重ね合わせ」です。
物理的には同じメカニズム ── 波の重ね合わせと経路差による位相差 ── が働いています。 干渉と回折を別々の現象として覚える必要はありません。
最初の暗線は $a\sin\theta_1 = \lambda$、すなわち $\sin\theta_1 = \lambda/a$ の位置に現れます。 中央極大は $-\theta_1$ から $+\theta_1$ までの範囲に広がるため、中央極大の角度幅は:
$$\Delta\theta = 2\theta_1 \approx \frac{2\lambda}{a}$$
回折パターンの強度分布は、中央極大に全エネルギーの約 $84\%$ が集中します。 1次の副極大は中央極大の約 $4.7\%$、2次の副極大は約 $1.7\%$ と急速に減衰します。
つまり、光のエネルギーのほとんどは中央極大に含まれます。副極大は主要なパターンの「おまけ」に過ぎません。
スリット幅 $a$ に対して:
・$a \gg \lambda$:回折はほとんど起こらず、光はほぼ直進する(幾何光学の世界)
・$a \sim \lambda$:回折が顕著になる(中央極大が広く広がる)
・$a \ll \lambda$:光はほぼ全方向に広がる(点波源に近い)
これが「回折は波長と障害物のサイズが近いとき顕著になる」ことの定量的な説明です。
回折は光学機器の分解能(2つの近接した点を区別する能力)を根本的に制限します。
望遠鏡や顕微鏡のレンズは円形の開口です。円形開口による回折パターン(エアリーパターン)の最初の暗環の角度は:
$$\theta_{\min} = 1.22\,\frac{\lambda}{D}$$
この式から、分解能を上げるには:
レンズをどれだけ完璧に作っても(収差をゼロにしても)、回折は避けられません。 光が波である限り、有限の開口を通過すると必ず回折パターンが生じます。
つまり、光学機器の分解能には物理的な上限があり、それはレンズの口径と光の波長で決まります。 大きな望遠鏡が建設される理由は、集光力だけでなく分解能の向上にもあります。
Q1. 単スリット回折がなぜ起こるか、ホイヘンスの原理を用いて説明してください。
Q2. 回折格子の条件 $d\sin\theta = m\lambda$ と単スリットの条件 $a\sin\theta = m\lambda$ の違いは何ですか。
Q3. スリット幅 $a = 0.1$ mm、波長 $\lambda = 500$ nm の場合、中央極大の角度幅はおよそいくらですか。
Q4. レイリーの分解能基準を述べ、分解能を上げるための2つの方法を挙げてください。
回折に関する理解を確認しましょう。
幅 $a = 0.05$ mm の単スリットに波長 $\lambda = 600$ nm の光を垂直に入射させた。スリットから $L = 2.0$ m 先のスクリーン上で観察する。次の問いに答えよ。
(1) 最初の暗線($m = 1$)の位置(中央からの距離)を求めよ。
(2) 中央極大の幅(最初の暗線間の距離)を求めよ。
(1) $y_1 = 24$ mm
(2) 中央極大の幅 $= 48$ mm
(1) $a\sin\theta_1 = \lambda$ より $\sin\theta_1 = \lambda/a = 600 \times 10^{-9}/(0.05 \times 10^{-3}) = 0.012$。$y_1 = L\sin\theta_1 \approx L\tan\theta_1 \approx 2.0 \times 0.012 = 0.024$ m $= 24$ mm
(2) 中央極大は $-y_1$ から $+y_1$ なので、幅は $2 \times 24 = 48$ mm。
口径 $D = 10$ cm の望遠鏡で波長 $\lambda = 550$ nm の光で天体を観測する。次の問いに答えよ。
(1) この望遠鏡の回折限界の分解角 $\theta_{\min}$ を求めよ。
(2) 月面(地球からの距離約 $3.8 \times 10^8$ m)上で分離できる最小の距離を求めよ。
(1) $\theta_{\min} = 6.7 \times 10^{-6}$ rad
(2) 約 $2.6$ km
(1) $\theta_{\min} = 1.22\lambda/D = 1.22 \times 550 \times 10^{-9}/(0.10) = 6.71 \times 10^{-6}$ rad
(2) $d = R\theta_{\min} = 3.8 \times 10^8 \times 6.71 \times 10^{-6} \approx 2550$ m $\approx 2.6$ km
実際には地球の大気の揺らぎ(シーイング)により、地上の望遠鏡の分解能はこの回折限界よりも大幅に悪くなります。
二重スリット実験で、各スリットの幅が $a$、スリット間隔が $d$($d > a$)の場合を考える。このとき、干渉パターンと回折パターンの両方が観察される。次の問いに答えよ。
(1) 二重スリットの干渉による明線の位置と、単スリット回折による暗線の位置をそれぞれ示せ。
(2) $d = 3a$ の場合、回折の暗線と干渉の明線が一致する次数 $m$ を求めよ。このとき何が起こるか説明せよ。
(3) 観察されるパターンの特徴を、干渉と回折の両方を考慮して説明せよ。
(1) 干渉の明線:$d\sin\theta = m\lambda$。回折の暗線:$a\sin\theta = n\lambda$($n = \pm 1, \pm 2, \ldots$)
(2) $d\sin\theta = m\lambda$ と $a\sin\theta = n\lambda$ が同時に成り立つとき $m/n = d/a = 3$。よって $m = 3, 6, 9, \ldots$($n = 1, 2, 3, \ldots$)。干渉の明線の位置に回折の暗線が重なるため、その次数の明線が消失する(欠落次数)。
(3) 全体のパターンは、干渉パターン(等間隔の明暗)に回折パターン(中央が明るく端に向かって暗くなる包絡線)が重なった形になる。回折パターンが干渉パターンの「包絡線」として振る舞い、3次, 6次, ... の明線が欠落する。
実際の二重スリットでは、スリット間の干渉(明暗の繰り返し)と各スリット内の回折(包絡線パターン)が同時に起こります。観察される強度は、干渉パターンの強度と回折パターンの強度の積で与えられます。
$d = 3a$ の場合、干渉の第3次明線の位置($d\sin\theta = 3\lambda$)は回折の第1次暗線の位置($a\sin\theta = \lambda$)と一致します。回折パターンがゼロになる位置では、干渉の明線も見えなくなります。