第12章 光

光の回折
─ 回折がなぜ起こるかの物理的説明

高校物理では、回折を「障害物の後ろに波が回り込む現象」として学び、単スリット回折の暗線条件 $a\sin\theta = m\lambda$ を公式として覚えます。 しかし、なぜ波が回り込むのか、なぜ暗線条件がこの形になるのかは、十分には説明されません。

大学物理では、回折をホイヘンスの原理の帰結として理解します。 スリット内の無数の点からの素元波が干渉し、特定の角度で打ち消し合うことで回折パターンが生じます。 これは前の記事で扱った干渉の枠組みの自然な拡張です。

この記事では、単スリット回折のパターンの導出と、回折が光学機器の分解能を制限するメカニズムを説明します。

1高校物理の道具を確認する

高校物理では、回折について次のことを学びます。

  • 回折とは:波が障害物の後ろに回り込む現象。波長が障害物のサイズに近いほど顕著になる
  • 単スリット回折の暗線条件:$a\sin\theta = m\lambda$($m = \pm 1, \pm 2, \ldots$、$m \neq 0$)

この知識で基本的な問題は解けますが、次の疑問が残ります。

  • なぜ波は回り込むのか。直感的には波は直進するはずだが、何がそれを曲げるのか
  • 暗線条件 $a\sin\theta = m\lambda$ はどこから来るのか。干渉条件 $d\sin\theta = m\lambda$ と似ているが、関係は何か
  • 回折パターンの形はどうなるか。暗線の位置だけでなく、明るさの分布全体はどうなっているか

2大学の視点で見ると何が変わるのか

高校 vs 大学:回折の理解
高校:回折は「波の回り込み」
現象の記述に留まる。なぜ回り込むかの説明はない。
大学:回折はホイヘンスの原理の帰結
スリット内の各点が素元波の中心となり、それらが干渉する。回折パターンはスリット内の無限個の点からの波の干渉として理解できる。
高校:暗線の位置だけを求める
パターン全体の形は扱わない。
大学:回折パターン全体を理解する
中央極大の幅、エネルギー分布まで定量的に扱える。
高校:分解能の概念はほぼ扱わない
望遠鏡の性能限界に触れない。
大学:回折が光学機器の分解能を制限する
レイリー基準で分解能を定量化する。
この記事で得られること

回折の物理的メカニズムを理解できる。 ホイヘンスの原理を使って、スリット内の各点からの素元波の干渉として回折を説明できるようになります。

暗線条件を「導出できる」ようになる。 $a\sin\theta = m\lambda$ がスリット内の波の打ち消し合いの条件であることを理解し、自力で導出できます。

回折が光学機器の性能限界を決めることを理解できる。 レイリーの分解能基準を通じて、望遠鏡や顕微鏡の分解能が回折で制限されることが分かります。

3単スリットの回折 ─ スリット内の干渉

幅 $a$ の単スリットに平面波が垂直に入射する場合を考えます。 ホイヘンスの原理により、スリットの各点が新たな素元波の中心になります。

回折の考え方

スクリーン上のある点に到達する光は、スリットの各点から出た素元波の重ね合わせです。 $\theta = 0$(正面方向)ではすべての素元波が同位相で到達するため強め合いますが、 $\theta \neq 0$ ではスリット内の各点からの経路差が生じ、干渉が起こります。

暗線条件 $a\sin\theta = m\lambda$ の導出

角度 $\theta$ の方向について考えます。スリットの上端と下端からの経路差は $a\sin\theta$ です。

$a\sin\theta = \lambda$ の場合:スリットを上半分と下半分に分けます。上半分の各点と下半分の対応する点の経路差はちょうど $\lambda/2$ になります。したがって、上半分からの波と下半分からの波は完全に打ち消し合います

$a\sin\theta = 2\lambda$ の場合:スリットを4等分します。隣接する区間どうしの経路差が $\lambda/2$ となり、すべて打ち消し合います。

一般に $a\sin\theta = m\lambda$($m = \pm 1, \pm 2, \ldots$):スリットを $2m$ 等分すると、隣接する区間が互いに打ち消し合い、暗線になります。

単スリット回折の暗線条件

$$a\sin\theta = m\lambda \quad (m = \pm 1, \pm 2, \ldots, \quad m \neq 0)$$

$a$:スリット幅、$\theta$:回折角、$\lambda$:波長。$m = 0$ は中央極大(暗線ではない)。 回折格子の条件 $d\sin\theta = m\lambda$ と形は同じだが意味が異なる点に注意。 回折格子の式は明線(強め合い)の条件、こちらは暗線(打ち消し合い)の条件。
落とし穴:回折格子の式と単スリット回折の式を混同しない

混同:$d\sin\theta = m\lambda$(回折格子の明線条件)と $a\sin\theta = m\lambda$(単スリットの暗線条件)は同じ形だが、意味が逆

区別:回折格子では $N$ 本のスリット間の干渉で強め合う条件。単スリットではスリット内部の干渉で打ち消し合う条件。同じ形の式でも、導出のメカニズムが異なります。

回折と干渉は同じ物理

回折は「スリット内の無数の点からの波の干渉」です。干渉は「2つ(または有限個)の波源からの波の重ね合わせ」です。

物理的には同じメカニズム ── 波の重ね合わせと経路差による位相差 ── が働いています。 干渉と回折を別々の現象として覚える必要はありません。

4回折パターンの形 ─ 中央極大の幅とエネルギー分布

中央極大の幅

最初の暗線は $a\sin\theta_1 = \lambda$、すなわち $\sin\theta_1 = \lambda/a$ の位置に現れます。 中央極大は $-\theta_1$ から $+\theta_1$ までの範囲に広がるため、中央極大の角度幅は:

中央極大の角度幅

$$\Delta\theta = 2\theta_1 \approx \frac{2\lambda}{a}$$

スリット幅 $a$ が波長 $\lambda$ に比べて大きいほど、中央極大の幅は狭くなります。 逆に $a$ が小さいほど(波長に近いほど)中央極大が広がり、回折が顕著になります。

エネルギー分布

回折パターンの強度分布は、中央極大に全エネルギーの約 $84\%$ が集中します。 1次の副極大は中央極大の約 $4.7\%$、2次の副極大は約 $1.7\%$ と急速に減衰します。

つまり、光のエネルギーのほとんどは中央極大に含まれます。副極大は主要なパターンの「おまけ」に過ぎません。

スリット幅と回折の関係

スリット幅 $a$ に対して:

・$a \gg \lambda$:回折はほとんど起こらず、光はほぼ直進する(幾何光学の世界)

・$a \sim \lambda$:回折が顕著になる(中央極大が広く広がる)

・$a \ll \lambda$:光はほぼ全方向に広がる(点波源に近い)

これが「回折は波長と障害物のサイズが近いとき顕著になる」ことの定量的な説明です。

5回折の限界と分解能 ─ レイリー基準

回折は光学機器の分解能(2つの近接した点を区別する能力)を根本的に制限します。

円形開口の回折

望遠鏡や顕微鏡のレンズは円形の開口です。円形開口による回折パターン(エアリーパターン)の最初の暗環の角度は:

レイリーの分解能基準

$$\theta_{\min} = 1.22\,\frac{\lambda}{D}$$

$D$:開口の直径、$\lambda$:光の波長。 2つの点光源の角度間隔が $\theta_{\min}$ より大きければ分離して見え、小さければ分離できません。 係数 $1.22$ は円形開口の回折に特有の数値(ベッセル関数の零点から得られる)です。

この式から、分解能を上げるには:

  • 開口径 $D$ を大きくする:大きな望遠鏡ほど分解能が高い
  • 波長 $\lambda$ を短くする:電子顕微鏡(電子線の波長は光より遥かに短い)が光学顕微鏡より高い分解能を持つ理由
回折が光学機器の究極的な限界を決める

レンズをどれだけ完璧に作っても(収差をゼロにしても)、回折は避けられません。 光が波である限り、有限の開口を通過すると必ず回折パターンが生じます。

つまり、光学機器の分解能には物理的な上限があり、それはレンズの口径と光の波長で決まります。 大きな望遠鏡が建設される理由は、集光力だけでなく分解能の向上にもあります。

収差による限界 vs 回折による限界
収差による限界
レンズの不完全さに起因。近軸近似の破れ、色分散など。
設計・製造の改善で低減できる。
回折による限界
光の波動性に起因。有限の開口では避けられない。
開口径を大きくするか波長を短くするしかない。

6つながりマップ

  • ← W-12-1 光の屈折と反射:ホイヘンスの原理が回折の基本。屈折も回折も、素元波の重ね合わせで説明される。
  • ← W-12-3 光の干渉:回折はスリット内部の干渉。干渉の枠組み(経路差→位相差→干渉条件)がそのまま適用できる。
  • → W-12-2 レンズと鏡:レンズの分解能は回折で制限される。収差と回折の両方がレンズの性能限界を決める。
  • → A-21-1 電子の波動性:電子も波動性を持つため回折する(電子回折)。物質波の波長が短いほど分解能が高い。

📋まとめ

  • 回折はホイヘンスの原理の帰結であり、スリット内の各点からの素元波の干渉で生じる
  • 単スリット回折の暗線条件 $a\sin\theta = m\lambda$ は、スリット内の波の打ち消し合いの条件(回折格子の明線条件とは意味が逆)
  • 中央極大の幅は $\Delta\theta \approx 2\lambda/a$。スリット幅が狭いほど(波長に近いほど)回折が顕著になる
  • 円形開口の回折による分解能の限界はレイリー基準 $\theta_{\min} = 1.22\lambda/D$
  • 回折は光の波動性に起因する根本的な限界であり、光学機器の設計改善だけでは超えられない

確認テスト

Q1. 単スリット回折がなぜ起こるか、ホイヘンスの原理を用いて説明してください。

▶ クリックして解答を表示ホイヘンスの原理により、スリットの各点が新たな素元波の中心となります。正面方向ではすべての素元波が同位相で重なり強め合いますが、斜め方向ではスリット内の各点からの経路差が生じ、特定の角度で波が打ち消し合います。これにより回折パターン(明暗のパターン)が生じます。

Q2. 回折格子の条件 $d\sin\theta = m\lambda$ と単スリットの条件 $a\sin\theta = m\lambda$ の違いは何ですか。

▶ クリックして解答を表示回折格子の式は明線(強め合い)の条件、単スリットの式は暗線(打ち消し合い)の条件です。同じ形の式ですが、回折格子はスリット間の干渉、単スリットはスリット内部の干渉であり、メカニズムが異なります。

Q3. スリット幅 $a = 0.1$ mm、波長 $\lambda = 500$ nm の場合、中央極大の角度幅はおよそいくらですか。

▶ クリックして解答を表示$\Delta\theta = 2\lambda/a = 2 \times 500 \times 10^{-9} / (0.1 \times 10^{-3}) = 0.01$ rad $\approx 0.57°$

Q4. レイリーの分解能基準を述べ、分解能を上げるための2つの方法を挙げてください。

▶ クリックして解答を表示分解可能な最小角度は $\theta_{\min} = 1.22\lambda/D$。分解能を上げるには (1) 開口径 $D$ を大きくする(大型望遠鏡)、(2) 波長 $\lambda$ を短くする(電子顕微鏡など)。

9演習問題

回折に関する理解を確認しましょう。

A 基礎レベル

12-4-1 A 基礎 単スリット回折

幅 $a = 0.05$ mm の単スリットに波長 $\lambda = 600$ nm の光を垂直に入射させた。スリットから $L = 2.0$ m 先のスクリーン上で観察する。次の問いに答えよ。

(1) 最初の暗線($m = 1$)の位置(中央からの距離)を求めよ。

(2) 中央極大の幅(最初の暗線間の距離)を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $y_1 = 24$ mm

(2) 中央極大の幅 $= 48$ mm

解説

(1) $a\sin\theta_1 = \lambda$ より $\sin\theta_1 = \lambda/a = 600 \times 10^{-9}/(0.05 \times 10^{-3}) = 0.012$。$y_1 = L\sin\theta_1 \approx L\tan\theta_1 \approx 2.0 \times 0.012 = 0.024$ m $= 24$ mm

(2) 中央極大は $-y_1$ から $+y_1$ なので、幅は $2 \times 24 = 48$ mm。

B 発展レベル

12-4-2 B 発展 レイリー基準

口径 $D = 10$ cm の望遠鏡で波長 $\lambda = 550$ nm の光で天体を観測する。次の問いに答えよ。

(1) この望遠鏡の回折限界の分解角 $\theta_{\min}$ を求めよ。

(2) 月面(地球からの距離約 $3.8 \times 10^8$ m)上で分離できる最小の距離を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $\theta_{\min} = 6.7 \times 10^{-6}$ rad

(2) 約 $2.6$ km

解説

(1) $\theta_{\min} = 1.22\lambda/D = 1.22 \times 550 \times 10^{-9}/(0.10) = 6.71 \times 10^{-6}$ rad

(2) $d = R\theta_{\min} = 3.8 \times 10^8 \times 6.71 \times 10^{-6} \approx 2550$ m $\approx 2.6$ km

実際には地球の大気の揺らぎ(シーイング)により、地上の望遠鏡の分解能はこの回折限界よりも大幅に悪くなります。

採点ポイント
  • レイリー基準を正しく適用する(3点)
  • 分解角から実際の距離に変換する(3点)
  • 単位の処理が正しい(2点)

C 応用レベル

12-4-3 C 応用 回折と干渉 論述

二重スリット実験で、各スリットの幅が $a$、スリット間隔が $d$($d > a$)の場合を考える。このとき、干渉パターンと回折パターンの両方が観察される。次の問いに答えよ。

(1) 二重スリットの干渉による明線の位置と、単スリット回折による暗線の位置をそれぞれ示せ。

(2) $d = 3a$ の場合、回折の暗線と干渉の明線が一致する次数 $m$ を求めよ。このとき何が起こるか説明せよ。

(3) 観察されるパターンの特徴を、干渉と回折の両方を考慮して説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 干渉の明線:$d\sin\theta = m\lambda$。回折の暗線:$a\sin\theta = n\lambda$($n = \pm 1, \pm 2, \ldots$)

(2) $d\sin\theta = m\lambda$ と $a\sin\theta = n\lambda$ が同時に成り立つとき $m/n = d/a = 3$。よって $m = 3, 6, 9, \ldots$($n = 1, 2, 3, \ldots$)。干渉の明線の位置に回折の暗線が重なるため、その次数の明線が消失する(欠落次数)。

(3) 全体のパターンは、干渉パターン(等間隔の明暗)に回折パターン(中央が明るく端に向かって暗くなる包絡線)が重なった形になる。回折パターンが干渉パターンの「包絡線」として振る舞い、3次, 6次, ... の明線が欠落する。

解説

実際の二重スリットでは、スリット間の干渉(明暗の繰り返し)と各スリット内の回折(包絡線パターン)が同時に起こります。観察される強度は、干渉パターンの強度と回折パターンの強度の積で与えられます。

$d = 3a$ の場合、干渉の第3次明線の位置($d\sin\theta = 3\lambda$)は回折の第1次暗線の位置($a\sin\theta = \lambda$)と一致します。回折パターンがゼロになる位置では、干渉の明線も見えなくなります。

採点ポイント
  • 干渉と回折の条件式を正しく示す(2点)
  • 欠落次数を正しく求める(3点)
  • 包絡線の概念を用いた説明(3点)
  • 物理的考察の正確さ(2点)