高校物理では、理想気体の状態方程式 $PV = nRT$ を公式として使います。
気体定数 $R = 8.31$ J/(mol$\cdot$K) は定数として覚え、計算に用います。
大学物理では、この式を分子運動論の結果から導出し、
さらに分子1個のレベルで書き直した $PV = NkT$ という形を基本とします。
ここに現れるボルツマン定数 $k$ は、温度とエネルギーを結ぶ換算係数です。
この記事では、$PV = nRT$ と $PV = NkT$ の関係を明らかにし、
ボルツマン定数 $k$ が物理学において果たす役割を理解します。
高校物理では、理想気体の状態方程式を次の形で学びます。
$$PV = nRT$$
この式の使い方は十分に学びます。状態変化の計算、ボイルの法則やシャルルの法則との関連など、多くの問題をこの式で解きます。
しかし、次の疑問には高校の範囲では答えられません。
大学物理では、状態方程式を分子1個のレベルで記述します。 これにより、気体定数 $R$ の正体が見えてきます。
$PV = NkT$ を分子運動論から導出できるようになる。 T-7-1 の結果を出発点にして、力学の法則だけで状態方程式を導きます。
$R$ と $k$ の関係が分かる。 $R = N_A k$ であり、気体定数 $R$ はボルツマン定数 $k$ を「モルあたり」にスケールしたものにすぎません。
$kT$ のスケール感を持てるようになる。 室温で $kT \approx 4 \times 10^{-21}$ J。この値が「分子1個の熱エネルギーの目安」として、 さまざまな場面で判断基準になります。
T-7-1 で導出した2つの結果を出発点にします。
圧力の式を変形します:
$$PV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2} = \frac{2}{3}N \cdot \frac{1}{2}m\overline{v^2}$$
ここで $\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}kT$ を代入すると:
$$PV = \frac{2}{3}N \cdot \frac{3}{2}kT = NkT$$
$$PV = NkT$$
分子の総数 $N$ は、物質量 $n$(モル数)とアボガドロ定数 $N_A$ を使って $N = nN_A$ と書けます。 これを代入すると、
$$PV = nN_A kT = n(N_A k)T$$
ここで $R = N_A k$ と定義すれば、高校の形 $PV = nRT$ が得られます。
$$R = N_A k$$
気体定数 $R = 8.31$ J/(mol$\cdot$K) は、ボルツマン定数 $k$ を「1 mol 分($N_A$ 個分)」に拡大したものです。
物理的に基本的な定数は $k$ のほうです。$R$ は、化学的に便利な「モル」という単位を使うために $k$ に $N_A$ を掛けたものにすぎません。
よくある間違い:$PV = NRT$ または $PV = nkT$ と書いてしまう
正しい対応:$N$(分子数)には $k$(ボルツマン定数)、$n$(物質量)には $R$(気体定数)が対応します。 $PV = NkT$ と $PV = nRT$ は同じ式の異なる表記です。
ボルツマン定数 $k = 1.38 \times 10^{-23}$ J/K は、温度とエネルギーを結ぶ換算係数です。
室温 $T = 300$ K での $kT$ の値を計算してみます。
$$kT = 1.38 \times 10^{-23} \times 300 = 4.14 \times 10^{-21} \text{ J} \approx 4 \times 10^{-21} \text{ J}$$
この値は、分子1個が持つ熱エネルギーのスケール(大きさの目安)を表しています。 分子運動論では $\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}kT$ でしたから、 分子1個の並進運動エネルギーは $kT$ と同じオーダーです。
温度 $T$ の環境にある分子は、おおよそ $kT$ 程度のエネルギーを持っています。
あるエネルギー $E$ が $kT$ に比べて大きいか小さいかで、熱的な効果が重要かどうかを判断できます。 $E \gg kT$ なら分子の熱運動では乗り越えられない壁、$E \ll kT$ なら熱運動で容易に到達できるエネルギーです。
この判断基準は、化学反応の活性化エネルギー、半導体のバンドギャップ、 量子力学的な振動エネルギーの凍結(T-7-3 で扱います)など、物理学のあらゆる場面で使われます。
原子・分子のスケールでは、エネルギーの単位として電子ボルト(eV)がよく使われます。 $1 \text{ eV} = 1.60 \times 10^{-19}$ J なので、
$$kT \approx \frac{4.14 \times 10^{-21}}{1.60 \times 10^{-19}} \approx 0.026 \text{ eV} \approx \frac{1}{40} \text{ eV}$$
室温での $kT \approx \frac{1}{40}$ eV という値は、物理学で頻繁に使われる目安です。
大学物理や研究の現場では、温度を「$kT = 0.026$ eV」のようにエネルギーの単位で表すことがあります。 $k$ は単なる換算係数なので、$kT$ を使えば温度とエネルギーは本質的に同じ量です。
統計力学ではさらに進んで、$k = 1$ とする単位系(自然単位系)を使うこともあります。 このとき温度の単位はそのままエネルギーの単位になります。
$PV = NkT$ は、T-7-1 の分子運動論の導出に使った仮定が成り立つときにのみ正しい式です。 その仮定を振り返ることで、「理想気体」の条件が明確になります。
T-7-1 の導出では、次の2つの仮定を暗黙のうちに使いました。
この2つの仮定を満たす気体を理想気体と呼びます。
実際の気体が理想気体に近い振る舞いをするのは、次の条件が満たされるときです。
| 条件 | 理由 |
|---|---|
| 温度が高い | 分子の運動エネルギー $kT$ が分子間力のポテンシャルエネルギーに比べて十分大きく、分子間力の影響が相対的に小さくなる |
| 圧力が低い(密度が低い) | 分子間の平均距離が大きく、分子間力の影響が小さい。また分子自身の体積が全体の体積に比べて無視できる |
逆に、低温・高圧では分子間力と分子の大きさの効果が無視できなくなり、 理想気体の式 $PV = NkT$ からのずれが生じます。
分子間力と分子の大きさを補正した状態方程式として、 ファンデルワールスの式があります:
$$\left(P + \frac{a}{V^2}\right)(V - b) = NkT$$
$a$ は分子間の引力の効果、$b$ は分子自身の体積の効果を表す定数です。 $a = 0, b = 0$ とすれば理想気体の式に戻ります。 この式は実在気体の液化などの現象を定性的に説明できます。
理想気体の状態方程式は、熱力学のほぼすべてのテーマで使われる基本式です。
Q1. 気体定数 $R$ とボルツマン定数 $k$ の関係を式で書いてください。また、$R$ の物理的な意味を述べてください。
Q2. 室温($T = 300$ K)における $kT$ の値を求め、その物理的な意味を述べてください。
Q3. 理想気体の状態方程式が成り立つための2つの条件を挙げてください。
Q4. $PV = NkT$ の $N$ と $PV = nRT$ の $n$ はどのような関係にありますか。
理想気体の状態方程式とボルツマン定数の理解を深める問題です。
標準状態($T = 273$ K、$P = 1.013 \times 10^5$ Pa)において、1 mol の理想気体の体積を $PV = nRT$ と $PV = NkT$ の両方の式を使って求め、結果が一致することを確認せよ。
$V \approx 0.0224$ m$^3$ = 22.4 L
$PV = nRT$ より:$V = \dfrac{nRT}{P} = \dfrac{1 \times 8.31 \times 273}{1.013 \times 10^5} = 0.02241$ m$^3$
$PV = NkT$ より:$N = 1 \times 6.02 \times 10^{23} = 6.02 \times 10^{23}$
$V = \dfrac{NkT}{P} = \dfrac{6.02 \times 10^{23} \times 1.38 \times 10^{-23} \times 273}{1.013 \times 10^5} = 0.02241$ m$^3$
$R = N_Ak$ なので、当然同じ結果になります。
地球の大気中の酸素分子($\text{O}_2$、分子量 32)について、次の問いに答えよ。$k = 1.38 \times 10^{-23}$ J/K、$N_A = 6.02 \times 10^{23}$ mol$^{-1}$ とする。
(1) 室温($T = 300$ K)における酸素分子1個の平均運動エネルギー $\overline{E_k}$ を求めよ。
(2) 酸素分子1 mol あたりの平均運動エネルギーを求めよ。
(3) 地球の脱出速度は約 $11.2 \times 10^3$ m/s である。室温の酸素分子の二乗平均速度 $v_{\text{rms}}$ を求め、酸素分子が地球から逃げ出せるかどうか論じよ。
(1) $\overline{E_k} = \frac{3}{2}kT = 6.21 \times 10^{-21}$ J
(2) $N_A \overline{E_k} = 3740$ J/mol $\approx 3.74$ kJ/mol
(3) $v_{\text{rms}} \approx 484$ m/s。脱出速度($11200$ m/s)の約 $1/23$ であり、通常の酸素分子は地球から脱出できない。
(1) $\overline{E_k} = \frac{3}{2} \times 1.38 \times 10^{-23} \times 300 = 6.21 \times 10^{-21}$ J
(2) $6.02 \times 10^{23} \times 6.21 \times 10^{-21} = 3740$ J/mol。これは $\frac{3}{2}RT = \frac{3}{2} \times 8.31 \times 300 = 3740$ J/mol とも一致します。
(3) $m = 32 \times 10^{-3} / (6.02 \times 10^{23}) = 5.31 \times 10^{-26}$ kg
$v_{\text{rms}} = \sqrt{3kT/m} = \sqrt{3 \times 1.38 \times 10^{-23} \times 300 / (5.31 \times 10^{-26})} \approx 484$ m/s
$v_{\text{rms}} / v_{\text{escape}} \approx 484 / 11200 \approx 0.043$。rms 速度は脱出速度の約 $4\%$ にすぎず、酸素分子は地球の重力から脱出できません。これが地球が酸素大気を保持できる理由です。
分子運動論の導出過程を振り返り、次の問いに答えよ。
(1) $PV = NkT$ を分子運動論から導く際、「温度 $T$」はどの時点でどのように導入されるか説明せよ。
(2) 高校の状態方程式 $PV = nRT$ は実験事実から帰納的に得られた法則である。一方、分子運動論からの導出は演繹的である。この2つのアプローチの関係を論じよ。
(3) ボルツマン定数 $k$ を「定義する」ためには、温度の定義が必要である。分子運動論の観点から、「温度とは何か」を述べよ。
(1) 分子運動論の純粋な力学計算で $PV = \frac{2}{3}N\overline{E_k}$ が得られ、ここには温度は含まれていない。温度は $\overline{E_k} = \frac{3}{2}kT$ という関係を通じて導入される。
(2) 帰納的アプローチ(実験 → 法則)と演繹的アプローチ(原理 → 法則)は相補的である。両者が同じ結果を与えることが、分子運動論の正しさを支持する証拠となる。
(3) 温度は分子の平均運動エネルギーに比例する量であり、$kT$ は分子の熱運動エネルギーのスケールを表す。
(1) 導出の過程では、力積と力の計算はすべて力学(ニュートン力学)の範囲で行われます。温度は一切登場しません。最終結果 $PV = \frac{2}{3}N\overline{E_k}$ に対して、$\overline{E_k} = \frac{3}{2}kT$ という「温度と運動エネルギーの対応関係」を仮定して初めて $PV = NkT$ が得られます。
(2) ボイル、シャルル、ゲイ・リュサックは実験から $PV \propto T$(一定量の気体)を発見しました。分子運動論は、原子・分子の存在とニュートン力学を仮定して、同じ結果を理論的に再現します。演繹的な導出が実験法則と一致することは、「気体が分子から構成されている」という仮説を強力に支持するものでした。
(3) 分子運動論の観点では、温度は分子の無秩序な運動の激しさを定量化する量です。より正確には、温度 $T$ は $kT$ を通じて分子の平均並進運動エネルギーと結びついており、$T = \frac{2}{3k}\overline{E_k}$ と定義できます。