高校物理では、力のモーメントを「力 $\times$ 腕の長さ」($N = Fl$)で定義し、
剛体のつりあい条件として「モーメントの和が $0$」を使います。
この方法は2次元の問題に対して十分機能します。
大学物理では、モーメント(トルク)をベクトルの外積 $\vec{\tau} = \vec{r} \times \vec{F}$ で定義します。
高校の「腕の長さ」は外積の大きさに対応しますが、外積の定義には回転軸の方向という追加情報が含まれます。
これにより、3次元の回転も統一的に扱えるようになります。
この記事では、高校のモーメントの定義を外積として再定義し、
剛体のつりあい条件を並進と回転の2条件として整理します。
高校物理では、剛体(変形しない物体)に関して次のように学びます。
この方法の特徴を整理しておきます。
大学物理では、力のモーメントをベクトルの外積として定義します。 これにより、「腕の長さ」「回転の向き」が1つの式から自動的に決まります。
トルクを外積として計算できるようになる。 $\vec{\tau} = \vec{r} \times \vec{F}$ の計算規則を使い、大きさと方向を一度に求められます。
高校の「腕の長さ」が外積の大きさであることを理解できる。 $|\vec{\tau}| = rF\sin\theta = Fl$ という関係から、高校の定義がなぜ正しいかが分かります。
剛体のつりあいを2条件で系統的に扱えるようになる。 $\sum\vec{F} = \vec{0}$(並進)と $\sum\vec{\tau} = \vec{0}$(回転)を連立して解きます。
まず、外積(クロス積)の定義を確認し、それを使ってトルクを定義します。
2次元平面内のベクトル $\vec{a} = (a_x, a_y)$ と $\vec{b} = (b_x, b_y)$ に対して、 外積の大きさは次のように定義されます。
$$|\vec{a} \times \vec{b}| = |a_x b_y - a_y b_x| = |a||b|\sin\theta$$
$$\vec{\tau} = \vec{r} \times \vec{F}$$
大きさ:
$$|\vec{\tau}| = rF\sin\theta = Fl$$
$|\vec{\tau}| = rF\sin\theta$ を変形すると $|\vec{\tau}| = F \times (r\sin\theta) = F \times l$ となります。 $r\sin\theta$ は回転軸から力の作用線までの垂直距離、すなわち高校で学んだ腕の長さです。
高校の $N = Fl$($l$ = 腕の長さ)は、外積の大きさ $|\vec{r} \times \vec{F}| = rF\sin\theta$ そのものです。
「腕の長さ」とは、外積の定義に含まれる $\sin\theta$ の幾何学的な意味を、 作図で読み取りやすい形に言い換えたものにすぎません。
外積を使えば、$\vec{r}$ と $\vec{F}$ を成分で与えるだけで、 $r_x F_y - r_y F_x$ という計算でトルクが求まります。 腕の長さを図から読み取る必要がなくなります。
3次元では、外積 $\vec{r} \times \vec{F}$ の方向は右ネジの法則で決まります。 $\vec{r}$ から $\vec{F}$ の方向にネジを回したとき、ネジが進む方向が外積の方向です。
2次元の問題では、トルクの方向は常に紙面に垂直です。 紙面から手前に向かう(反時計回り)なら正、紙面の向こうに向かう(時計回り)なら負と決まります。 高校では自分で正負を決めていましたが、外積の定義を使えば自動的に決まるということです。
質点(大きさのない物体)のつりあいでは、力のつりあい $\sum\vec{F} = \vec{0}$ だけで十分でした。 しかし剛体(大きさのある物体)では、力が作用する位置によって回転が起きるため、もう1つの条件が必要です。
$$\sum \vec{F} = \vec{0} \quad \text{(並進のつりあい)}$$
$$\sum \vec{\tau} = \vec{0} \quad \text{(回転のつりあい)}$$
2次元の問題では、これは具体的に次の3本の方程式になります。
$$\sum F_x = 0, \qquad \sum F_y = 0, \qquad \sum \tau = 0$$
M-3-1 では力のつりあい($\sum F_x = 0$、$\sum F_y = 0$)だけを扱いましたが、 剛体ではモーメントのつりあい $\sum \tau = 0$ が加わり、方程式が3本になります。 これにより、未知数を3つまで求められるようになります。
誤:「モーメントの回転軸は問題文で指定された点にしなければならない」
正:つりあい状態にある剛体では、どの点を回転軸にとってもモーメントの和は $0$ になる
これは $\sum\vec{F} = \vec{0}$ と $\sum\vec{\tau} = \vec{0}$ が成り立っている場合の数学的な帰結です。 したがって、計算が楽になる点(未知の力の作用点など)を回転軸に選ぶのが賢い方法です。 作用点を回転軸にとれば、その力のモーメントは $0$ になり、式が単純化されます。
質点は大きさのない点です。すべての力は同一点に作用するため、 力のモーメントは自動的に $0$ になります(腕の長さが $0$)。
剛体では力の作用点が異なりうるため、力のつりあいだけでは回転を止められません。 だからモーメントのつりあいという追加条件が必要になるのです。
支点を中心にした棒(てこ)の両端に力 $F_1$、$F_2$ が下向きに作用する場合を考えます。 支点から $F_1$ の作用点までの距離を $l_1$、$F_2$ の作用点までの距離を $l_2$ とします。
支点まわりのモーメントのつりあい:
$$F_1 l_1 - F_2 l_2 = 0 \quad \Longrightarrow \quad F_1 l_1 = F_2 l_2$$
これは高校で習う「てこの原理」そのものです。 大学の視点では、これは $\sum \tau = 0$ という一般的なつりあい条件の特殊な場合にすぎません。
2次元の場合、$\vec{r} = (r_x, r_y)$、$\vec{F} = (F_x, F_y)$ のとき、トルクは次のようになります。
$$\tau = r_x F_y - r_y F_x$$
回転軸 O から点 A への位置ベクトル $\vec{r} = (3,\, 4)$ m、 点 A に力 $\vec{F} = (-2,\, 5)$ N が作用するとき、
$$\tau = r_x F_y - r_y F_x = 3 \times 5 - 4 \times (-2) = 15 + 8 = 23 \;\text{N}\!\cdot\!\text{m}$$
$\tau > 0$ なので、この力は反時計回りの回転を起こす傾向があります。
腕の長さを図から求めることなく、成分の計算だけでトルクが求まりました。
剛体のつりあいの典型的な応用として、壁に立てかけたはしごの問題を解きます。
長さ $L$、質量 $M$ の一様なはしごが、滑らかな壁に立てかけてあります。 床面との角度は $\theta$ です。 床面は粗く、はしごの下端に静止摩擦力が作用します。 重力加速度を $g$ とします。
はしごに作用する力は以下の4つです。
力のつりあい:
$$x:\quad f - N_W = 0 \quad \Longrightarrow \quad f = N_W$$
$$y:\quad N_F - Mg = 0 \quad \Longrightarrow \quad N_F = Mg$$
モーメントのつりあい(下端を回転軸に選択):
下端を回転軸にとると、$N_F$ と $f$ のモーメントは $0$ になります(作用点が回転軸上にあるため)。
$$N_W \times L\sin\theta - Mg \times \frac{L}{2}\cos\theta = 0$$
$$N_W = \frac{Mg}{2}\times\frac{\cos\theta}{\sin\theta} = \frac{Mg}{2\tan\theta}$$
したがって、$f = N_W = \dfrac{Mg}{2\tan\theta}$ です。
この問題で下端を回転軸に選んだのは、$N_F$ と $f$ という2つの未知の力のモーメントを同時に消せるからです。
もし重心を回転軸に選んでいたら、$N_W$、$N_F$、$f$ の3つの力すべてのモーメントを計算しなければなりません。 答えは同じですが、計算量が増えます。
回転軸は自由に選べるので、未知数が多い作用点を選ぶと式が簡単になります。
剛体のつりあいとモーメントの概念は、回転運動の基礎となります。
Q1. トルクの定義式を書き、高校の「力のモーメント $N = Fl$」との対応を説明してください。
Q2. 剛体のつりあい条件を2つ書いてください。それぞれ何のつりあいですか。
Q3. $\vec{r} = (2,\, 3)$ m、$\vec{F} = (4,\, -1)$ N のとき、トルク $\tau$ を求めてください。
Q4. モーメントの基準点(回転軸)はどこに取ってもよい理由を簡潔に述べてください。
剛体のつりあい条件とモーメントの計算を問題で確認しましょう。
長さ $1.0$ m の棒の一端 O を回転軸として固定する。他端 A に大きさ $10$ N の力を、棒と $60°$ の角をなす方向に加える。O まわりのトルクの大きさを求めよ。
$|\tau| = rF\sin\theta = 1.0 \times 10 \times \sin 60° = 5\sqrt{3} \approx 8.66$ N$\cdot$m
$\vec{r}$ は O から A への位置ベクトル(大きさ $1.0$ m)。力 $\vec{F}$ との角度は $60°$。
外積の大きさの公式 $|\vec{\tau}| = rF\sin\theta$ を適用して、$|\tau| = 1.0 \times 10 \times \sin 60° = 5\sqrt{3}$ N$\cdot$m。
腕の長さで考えると、$l = r\sin 60° = \dfrac{\sqrt{3}}{2}$ m。$|\tau| = Fl = 10 \times \dfrac{\sqrt{3}}{2} = 5\sqrt{3}$ N$\cdot$m。同じ結果です。
質量 $4.0$ kg、長さ $2.0$ m の一様な棒を水平に保つため、左端 A を支点とし、右端 B を糸で鉛直上向きに引いている。重力加速度を $g = 9.8$ m/s$^2$ とする。
(1) A まわりのモーメントのつりあいから、糸の張力 $T$ を求めよ。
(2) A における抗力(大きさと方向)を求めよ。
(1) $T = 19.6$ N
(2) $R = 19.6$ N、鉛直上向き
(1) A まわりのモーメントのつりあい:
重力は棒の中心(A から $1.0$ m)に作用:$Mg \times 1.0$(時計回り)
張力 $T$ は B(A から $2.0$ m)に作用:$T \times 2.0$(反時計回り)
$T \times 2.0 = Mg \times 1.0$ より $T = \dfrac{4.0 \times 9.8}{2} = 19.6$ N
(2) 力のつりあい(鉛直方向):$R + T - Mg = 0$
$R = Mg - T = 39.2 - 19.6 = 19.6$ N(鉛直上向き)
長さ $L$、質量 $M$ の一様なはしごが、滑らかな壁に角度 $\theta$ で立てかけてある。床は粗い。重力加速度を $g$ とする。
(1) はしごに作用するすべての力を列挙し、つりあいの方程式(力2本+モーメント1本)を立てよ。
(2) 壁からの垂直抗力 $N_W$ と、床からの摩擦力 $f$ を $M$、$g$、$\theta$ で表せ。
(3) 静止摩擦係数を $\mu$ とする。はしごが滑り出さない条件を $\theta$ と $\mu$ で表せ。
(1) 下記参照
(2) $N_W = f = \dfrac{Mg}{2\tan\theta}$
(3) $\tan\theta \geq \dfrac{1}{2\mu}$
(1) はしごに作用する力:重力 $Mg$(中心、下向き)、壁の抗力 $N_W$(上端、水平)、床の抗力 $N_F$(下端、上向き)、摩擦力 $f$(下端、壁に向かう水平方向)。
$x$:$f - N_W = 0$
$y$:$N_F - Mg = 0$
下端まわりのモーメント:$N_W L\sin\theta - Mg \cdot \dfrac{L}{2}\cos\theta = 0$
(2) モーメント式より $N_W = \dfrac{Mg\cos\theta}{2\sin\theta} = \dfrac{Mg}{2\tan\theta}$。$x$ の式より $f = N_W = \dfrac{Mg}{2\tan\theta}$。
(3) 滑り出さない条件は $f \leq \mu N_F$ です。
$\dfrac{Mg}{2\tan\theta} \leq \mu Mg$ より $\dfrac{1}{2\tan\theta} \leq \mu$。
したがって $\tan\theta \geq \dfrac{1}{2\mu}$。$\theta$ が小さすぎると(はしごを寝かせすぎると)滑ります。