第15章 電流と回路

オームの法則
─ 微視的な理解:電子のドリフト速度

高校物理では、オームの法則を $V = IR$ として学び、抵抗率 $\rho$ や $R = \rho L / S$ を公式として使います。 これは回路計算の基本であり、入試でも不可欠な道具です。

大学物理では、オームの法則を巨視的($V = IR$)と微視的($\boldsymbol{J} = \sigma \boldsymbol{E}$)の2層で理解します。 電流の正体は自由電子のドリフト速度であり、抵抗が生じる理由は電子と格子の散乱に帰着します。

この記事では、なぜ導体に電場をかけると定常電流が流れるのかを電子の運動から説明し、 高校で暗記していた $R = \rho L / S$ がなぜその形になるのかを導出します。

1高校での扱いを確認する

高校物理では、オームの法則を次のように学びます。

  • オームの法則:$V = IR$(電圧 = 電流 × 抵抗)
  • 抵抗率:$R = \rho \dfrac{L}{S}$($\rho$:抵抗率、$L$:長さ、$S$:断面積)

これらの公式を使って回路の問題を解きます。 ここで高校の扱いの特徴を整理しておきます。

  • $V = IR$ は経験法則として提示される。「実験でこうなる」ということは分かるが、なぜ電圧と電流が比例するのかは説明されない
  • $R = \rho L / S$ は「長いほど抵抗が大きい、太いほど小さい」という直感的説明で済ませる。なぜ $L$ に比例し $S$ に反比例するのかの導出はない
  • 電流の正体が何かは深く問われない。「電荷の流れ」とは言うが、電子が実際にどれくらいの速さで動いているか、なぜ一定速度で流れるかは扱わない
  • 温度による抵抗変化は事実として提示される。「温度が上がると金属の抵抗が増える」ことは知っているが、その理由は説明されない

これらは高校物理の不備ではなく、範囲の限定です。 大学物理では、電子レベルの描像を導入することで、これらの「なぜ」に答えます。

2大学の視点で何が変わるか

大学物理では、オームの法則を2つのレベルで理解します。

高校 vs 大学:オームの法則
高校:巨視的な法則のみ
$V = IR$(電圧と電流の比例関係)
「実験でこうなる」としか言えない。
大学:巨視的 + 微視的
巨視的:$V = IR$
微視的:$\boldsymbol{J} = \sigma \boldsymbol{E}$
なぜ比例するかを電子の運動で説明できる。
高校:抵抗率は物質固有の定数
$\rho$ の値は表で与えられる。
大学:抵抗率の起源が分かる
$\rho = m / (ne^2\tau)$
電子密度 $n$、緩和時間 $\tau$ で決まる。
高校:温度で抵抗が変わる(事実)
理由の説明はない。
大学:温度依存性を説明できる
温度が上がると格子振動が激しくなり $\tau$ が短くなる → $\rho$ が増える。
この記事で得られること

電流の正体を理解できる。 電流とは自由電子のドリフト(平均的な移動)であり、電流密度 $J = nev_d$ として定量的に表現できます。

$V = IR$ が「なぜ成り立つか」を説明できる。 電場による加速と格子との散乱が平衡することで、定常的なドリフト速度が生じます。 これが微視的オームの法則 $\boldsymbol{J} = \sigma \boldsymbol{E}$ であり、$V = IR$ はその帰結です。

$R = \rho L / S$ を導出できる。 暗記していた公式が、電流密度と電場の関係から自然に導けます。

温度で抵抗が変わる理由を説明できる。 緩和時間 $\tau$ という1つの量を通じて、すべてがつながります。

3電流密度と電子のドリフト速度

まず、電流を微視的に記述するための道具を導入します。

電流の正体

金属の中には、原子から離れて自由に動き回る自由電子が大量に存在します。 電場がない状態では、自由電子はランダムに高速で動き回っています(熱運動)。 この熱運動の速さは室温で約 $10^5$ m/s にもなりますが、方向がランダムなので平均すると移動量はゼロです。

電場 $E$ をかけると、電子は電場から力 $F = eE$ を受け、電場と逆向きにわずかに偏って移動し始めます。 この平均的な移動速度をドリフト速度 $v_d$ といいます。 ドリフト速度は非常に小さく、典型的には $10^{-4}$ m/s 程度です。

電流密度の定義

断面積 $A$ の導体を考えます。 単位体積あたりの自由電子の数を $n$、電子の電荷の大きさを $e$、ドリフト速度を $v_d$ とすると、 微小時間 $\Delta t$ の間に断面を通過する電荷は次のように計算できます。

電流 $I$ の導出

時間 $\Delta t$ の間にドリフト速度 $v_d$ で移動する電子は、長さ $v_d \Delta t$ の円柱内にいたもの。

この円柱の体積は $A \cdot v_d \Delta t$

含まれる電子の数は $n \cdot A \cdot v_d \Delta t$

通過する電荷量は $\Delta Q = n e A v_d \Delta t$

よって電流は:

$$I = \frac{\Delta Q}{\Delta t} = neAv_d$$

電流密度 $J$

$$J = \frac{I}{A} = nev_d$$

電流密度は単位断面積あたりの電流。$n$:自由電子の数密度 [m$^{-3}$]、$e$:電気素量 [C]、$v_d$:ドリフト速度 [m/s]。

電流密度 $J$ は、導体の太さに依存しない量です。 太い導体でも細い導体でも、同じ材料・同じ電場なら $J$ は同じになります。 これが巨視的な電流 $I$ よりも本質的な量である理由です。

落とし穴:電子のドリフト速度は驚くほど遅い

誤解:「電流が流れると、電子が光速に近い速さで導線を走る」

実際:ドリフト速度は典型的に $10^{-4}$ m/s 程度。1秒間に 0.1 mm しか進まない。 電灯のスイッチを入れるとすぐに光るのは、電場の伝播が光速に近いためであり、電子自体が高速で移動するからではない。

4微視的オームの法則

なぜ電場をかけると一定のドリフト速度が生じるのでしょうか。 電子は電場から力を受けて加速されるはずです。 それなのに、なぜ電流は一定なのでしょうか。

加速と散乱の平衡

電場 $E$ のもとで、電子(質量 $m$、電荷 $-e$)は力 $F = eE$ を受けて加速されます。 しかし、電子は格子イオン(金属結晶の原子)と頻繁に衝突し、そのたびに運動量を失います。

衝突と衝突の間の平均時間を緩和時間($\tau$)といいます。 加速による速度の増加と衝突による速度のリセットが平衡すると、平均的なドリフト速度は一定になります。

ドリフト速度の導出

電場 $E$ による加速度:$a = \dfrac{eE}{m}$

平均的に $\tau$ 秒間加速されるので、得られるドリフト速度は:

$$v_d = a\tau = \frac{eE\tau}{m}$$

これを電流密度 $J = nev_d$ に代入すると:

$$J = ne \cdot \frac{eE\tau}{m} = \frac{ne^2\tau}{m}\,E$$

微視的オームの法則

$$J = \sigma E$$

ただし、電気伝導率(導電率)$\sigma$ は:

$$\sigma = \frac{ne^2\tau}{m}$$

$n$:自由電子の数密度、$e$:電気素量、$\tau$:緩和時間、$m$:電子の質量。 $J$ と $E$ が比例する($\sigma$ が定数)というのが、微視的レベルでのオームの法則。
オームの法則が「なぜ成り立つか」

電場による加速と格子との散乱が平衡して、ドリフト速度 $v_d$ が電場 $E$ に比例します。

$v_d \propto E$ であり、$J = nev_d$ なので、$J \propto E$。

これが $V = IR$(巨視的オームの法則)の微視的な起源です。 オームの法則は経験法則ではなく、電子の散乱過程から導ける物理法則です。

5抵抗率と抵抗の関係

微視的オームの法則 $J = \sigma E$ から、高校で暗記していた $R = \rho L / S$ を導出します。

抵抗率の定義

抵抗率 $\rho$

$$\rho = \frac{1}{\sigma} = \frac{m}{ne^2\tau}$$

抵抗率は電気伝導率の逆数。単位は [$\Omega \cdot$m]。$\rho$ が小さいほど電流が流れやすい。

$R = \rho L / S$ の導出

導出:$R = \rho L / S$

長さ $L$、断面積 $S$ の一様な導体を考えます。

導体の両端の電位差を $V$ とすると、内部の電場は:$E = V / L$

電流密度は:$J = \sigma E = \sigma V / L$

電流は:$I = JS = \sigma S V / L$

$V = IR$ と比較すると:

$$R = \frac{V}{I} = \frac{L}{\sigma S} = \rho \frac{L}{S}$$

高校では天下り的に与えられていた $R = \rho L / S$ が、$J = \sigma E$ から自然に導かれました。

  • $L$ に比例する理由:電場 $E = V/L$ なので、$L$ が長いほど同じ $V$ でも $E$ が弱くなり、電流が流れにくくなる
  • $S$ に反比例する理由:$I = JS$ なので、断面積が大きいほど同じ $J$ でも多くの電流が流れる
水流のアナロジーの限界

高校では「抵抗は水道管の細さに対応する」というアナロジーを使うことがあります。 太い管は水が流れやすく、長い管は流れにくい。これは $R = \rho L / S$ と定性的に一致します。

しかし、水流の抵抗は粘性に由来し、電気抵抗は電子と格子の散乱に由来します。 メカニズムはまったく異なります。アナロジーは導入には有用ですが、物理的理解としては不十分です。

6抵抗の温度依存性

高校では「金属の抵抗は温度が高いほど大きくなる」と学びます。 微視的な描像を使えば、この事実を自然に説明できます。

抵抗率は $\rho = m / (ne^2\tau)$ でした。 この式に含まれる量のうち、温度によって大きく変化するのは緩和時間 $\tau$ です。

  • 温度が上がると、格子イオンの熱振動が激しくなる
  • 振動が激しいほど、電子が格子に散乱される頻度が高くなる
  • 散乱頻度が上がると、平均自由時間 $\tau$ が短くなる
  • $\tau$ が短くなると $\rho = m / (ne^2\tau)$ が大きくなる

つまり、温度上昇 → 格子振動の増大 → 散乱頻度の増加 → $\tau$ の減少 → $\rho$ の増大 → $R$ の増大。 一連の因果関係が明確になります。

高校 vs 大学:温度と抵抗
高校
「金属は温度が上がると抵抗が増える」
事実として覚える。理由の説明はない。
大学
温度上昇 → 格子振動の増大 → $\tau$ の減少 → $\rho$ の増大
因果関係を電子の散乱過程で説明できる。
半導体の場合は逆になる

半導体では温度が上がると抵抗が減少します。 これは $\rho = m / (ne^2\tau)$ において、$\tau$ の減少よりも自由電子数 $n$ の増加の方が大きいためです。

温度上昇により束縛電子が解放されて自由電子が増え、$n$ が急増します。 同じ式 $\rho = m / (ne^2\tau)$ で、金属と半導体の違いまで説明できます。

7つながりマップ

オームの法則の微視的理解は、電磁気学の多くのテーマと結びつきます。

  • → E-13-2 電場:微視的オームの法則 $J = \sigma E$ に登場する電場 $E$ の概念。導体内部の電場がどのように分布するかが理解の基盤になる。
  • → E-15-2 キルヒホッフの法則:$V = IR$ を使った回路方程式の体系的な解法。オームの法則の巨視的な応用。
  • → E-15-4 RC回路の過渡現象:$V = IR$ を時間変化する状況に適用し、微分方程式を解く。
  • → E-16-3 ローレンツ力:磁場中での荷電粒子の運動。ドリフト速度の概念がホール効果の理解に直結する。

📋まとめ

  • 電流の正体は自由電子のドリフト速度 $v_d$ による移動であり、電流密度は $J = nev_d$ で表される
  • 電場による加速と格子との散乱が平衡し、$v_d$ が $E$ に比例する。これが微視的オームの法則 $J = \sigma E$ の起源
  • 電気伝導率 $\sigma = ne^2\tau / m$ は、電子密度 $n$ と緩和時間 $\tau$ で決まる
  • $R = \rho L / S$ は $J = \sigma E$ から導出でき、$L$ に比例し $S$ に反比例する理由が明確になる
  • 温度が上がると格子振動が増し $\tau$ が減少するため、金属の抵抗は増大する

確認テスト

Q1. 電流密度 $J$ を、自由電子の数密度 $n$、電気素量 $e$、ドリフト速度 $v_d$ を用いて表してください。

▶ クリックして解答を表示$J = nev_d$。電流密度は単位断面積あたりの電流であり、電子の数密度・電荷・ドリフト速度の積で表される。

Q2. 微視的オームの法則 $J = \sigma E$ において、$\sigma$ を $n$, $e$, $\tau$, $m$ で表してください。

▶ クリックして解答を表示$\sigma = ne^2\tau / m$。$n$:自由電子の数密度、$e$:電気素量、$\tau$:緩和時間、$m$:電子の質量。

Q3. 金属の温度が上昇すると抵抗が増大する理由を、緩和時間 $\tau$ を用いて説明してください。

▶ クリックして解答を表示温度上昇により格子の熱振動が激しくなり、電子の散乱頻度が増加する。そのため緩和時間 $\tau$ が短くなり、$\rho = m/(ne^2\tau)$ が増大する。

Q4. 導体のドリフト速度は典型的にどの程度の大きさですか。電灯がすぐに光るのはなぜですか。

▶ クリックして解答を表示ドリフト速度は $10^{-4}$ m/s 程度と非常に遅い。電灯がすぐに光るのは、電子自体が高速で移動するからではなく、電場の変化が光速に近い速さで導線全体に伝わるため。

10演習問題

微視的オームの法則と電流密度に関する問題を解いてみましょう。

A 基礎レベル

15-1-1 A 基礎 電流密度

断面積 $S = 1.0 \times 10^{-6}$ m$^2$ の銅線に $I = 3.0$ A の電流が流れている。銅の自由電子の数密度は $n = 8.5 \times 10^{28}$ m$^{-3}$ である。次の問いに答えよ。

(1) 電流密度 $J$ を求めよ。

(2) 電子のドリフト速度 $v_d$ を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $J = I / S = 3.0 / (1.0 \times 10^{-6}) = 3.0 \times 10^{6}$ A/m$^2$

(2) $v_d = J / (ne) = 3.0 \times 10^{6} / (8.5 \times 10^{28} \times 1.6 \times 10^{-19}) \approx 2.2 \times 10^{-4}$ m/s

解説

(1) 電流密度は $J = I/S$ で計算できます。

(2) $J = nev_d$ より $v_d = J/(ne)$。ドリフト速度は約 0.22 mm/s と非常に小さい値になります。電子の熱運動速度(約 $10^5$ m/s)と比較すると、10桁近く小さいことが分かります。

B 発展レベル

15-1-2 B 発展 微視的オームの法則 論述

自由電子の数密度 $n$、電気素量 $e$、電子質量 $m$、緩和時間 $\tau$ を用いて次の問いに答えよ。

(1) 電場 $E$ 中での電子のドリフト速度 $v_d$ を導出せよ。

(2) 微視的オームの法則 $J = \sigma E$ における $\sigma$ を導出せよ。

(3) 上の結果から $R = \rho L / S$ を導出せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 電場 $E$ による電子の加速度は $a = eE/m$。平均 $\tau$ 秒間加速されるので $v_d = eE\tau / m$。

(2) $J = nev_d = ne \cdot eE\tau/m = (ne^2\tau/m)E$。よって $\sigma = ne^2\tau / m$。

(3) 長さ $L$、断面積 $S$ の導体では $E = V/L$、$I = JS$。$J = \sigma E$ より $I = \sigma S V / L$。$R = V/I = L/(\sigma S) = \rho L / S$($\rho = 1/\sigma$)。

解説

この問題は、高校で暗記する $R = \rho L/S$ を電子の運動から導出するプロセス全体を確認するものです。ドリフト速度 → 電流密度 → 微視的オームの法則 → 巨視的オームの法則という一連の流れが重要です。

採点ポイント
  • $v_d = eE\tau/m$ の導出過程を示す(3点)
  • $\sigma = ne^2\tau/m$ を正しく導出する(3点)
  • $E = V/L$、$I = JS$ の関係を用いて $R = \rho L/S$ を導く(4点)

C 応用レベル

15-1-3 C 応用 温度依存性 論述

金属と半導体の抵抗率の温度依存性について、次の問いに答えよ。

(1) $\rho = m/(ne^2\tau)$ を用いて、金属の温度が上昇したとき抵抗率が増大する理由を、$\tau$ の変化に着目して説明せよ。

(2) 半導体では温度上昇により抵抗率が減少する。同じ式 $\rho = m/(ne^2\tau)$ を用いて、この違いを説明せよ。

(3) (1)(2) の考察から、ある温度で金属と半導体の抵抗率が等しくなる可能性はあるか。定性的に論じよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 温度上昇により格子の熱振動が激しくなり、電子の散乱頻度が増加する。これにより $\tau$ が短くなる。金属では $n$ はほぼ一定なので、$\tau$ の減少がそのまま $\rho$ の増大に直結する。

(2) 半導体でも $\tau$ は減少するが、温度上昇により束縛されていた電子が伝導帯に励起され、$n$ が指数関数的に増大する。$n$ の増大が $\tau$ の減少を上回るため、$\rho$ は全体として減少する。

(3) 温度上昇に対して金属の $\rho$ は増大し、半導体の $\rho$ は減少する。したがって、両者の $\rho$ が一致する温度が存在しうる。

解説

同じ式 $\rho = m/(ne^2\tau)$ から、金属と半導体の違いを統一的に説明できることが重要です。式の中のどの量が温度で大きく変化するかに着目すれば、一見逆の振る舞いも自然に理解できます。

採点ポイント
  • 格子振動 → 散乱頻度 → $\tau$ 減少の因果を述べる(3点)
  • 金属では $n$ が一定であることに言及する(2点)
  • 半導体では $n$ の増大が $\tau$ の減少を上回ることを述べる(3点)
  • (3) で増減の傾向から交点の存在を論じる(2点)