高校物理では、オームの法則を $V = IR$ として学び、抵抗率 $\rho$ や $R = \rho L / S$ を公式として使います。
これは回路計算の基本であり、入試でも不可欠な道具です。
大学物理では、オームの法則を巨視的($V = IR$)と微視的($\boldsymbol{J} = \sigma \boldsymbol{E}$)の2層で理解します。
電流の正体は自由電子のドリフト速度であり、抵抗が生じる理由は電子と格子の散乱に帰着します。
この記事では、なぜ導体に電場をかけると定常電流が流れるのかを電子の運動から説明し、
高校で暗記していた $R = \rho L / S$ がなぜその形になるのかを導出します。
高校物理では、オームの法則を次のように学びます。
これらの公式を使って回路の問題を解きます。 ここで高校の扱いの特徴を整理しておきます。
これらは高校物理の不備ではなく、範囲の限定です。 大学物理では、電子レベルの描像を導入することで、これらの「なぜ」に答えます。
大学物理では、オームの法則を2つのレベルで理解します。
電流の正体を理解できる。 電流とは自由電子のドリフト(平均的な移動)であり、電流密度 $J = nev_d$ として定量的に表現できます。
$V = IR$ が「なぜ成り立つか」を説明できる。 電場による加速と格子との散乱が平衡することで、定常的なドリフト速度が生じます。 これが微視的オームの法則 $\boldsymbol{J} = \sigma \boldsymbol{E}$ であり、$V = IR$ はその帰結です。
$R = \rho L / S$ を導出できる。 暗記していた公式が、電流密度と電場の関係から自然に導けます。
温度で抵抗が変わる理由を説明できる。 緩和時間 $\tau$ という1つの量を通じて、すべてがつながります。
まず、電流を微視的に記述するための道具を導入します。
金属の中には、原子から離れて自由に動き回る自由電子が大量に存在します。 電場がない状態では、自由電子はランダムに高速で動き回っています(熱運動)。 この熱運動の速さは室温で約 $10^5$ m/s にもなりますが、方向がランダムなので平均すると移動量はゼロです。
電場 $E$ をかけると、電子は電場から力 $F = eE$ を受け、電場と逆向きにわずかに偏って移動し始めます。 この平均的な移動速度をドリフト速度 $v_d$ といいます。 ドリフト速度は非常に小さく、典型的には $10^{-4}$ m/s 程度です。
断面積 $A$ の導体を考えます。 単位体積あたりの自由電子の数を $n$、電子の電荷の大きさを $e$、ドリフト速度を $v_d$ とすると、 微小時間 $\Delta t$ の間に断面を通過する電荷は次のように計算できます。
時間 $\Delta t$ の間にドリフト速度 $v_d$ で移動する電子は、長さ $v_d \Delta t$ の円柱内にいたもの。
この円柱の体積は $A \cdot v_d \Delta t$
含まれる電子の数は $n \cdot A \cdot v_d \Delta t$
通過する電荷量は $\Delta Q = n e A v_d \Delta t$
よって電流は:
$$I = \frac{\Delta Q}{\Delta t} = neAv_d$$
$$J = \frac{I}{A} = nev_d$$
電流密度 $J$ は、導体の太さに依存しない量です。 太い導体でも細い導体でも、同じ材料・同じ電場なら $J$ は同じになります。 これが巨視的な電流 $I$ よりも本質的な量である理由です。
誤解:「電流が流れると、電子が光速に近い速さで導線を走る」
実際:ドリフト速度は典型的に $10^{-4}$ m/s 程度。1秒間に 0.1 mm しか進まない。 電灯のスイッチを入れるとすぐに光るのは、電場の伝播が光速に近いためであり、電子自体が高速で移動するからではない。
なぜ電場をかけると一定のドリフト速度が生じるのでしょうか。 電子は電場から力を受けて加速されるはずです。 それなのに、なぜ電流は一定なのでしょうか。
電場 $E$ のもとで、電子(質量 $m$、電荷 $-e$)は力 $F = eE$ を受けて加速されます。 しかし、電子は格子イオン(金属結晶の原子)と頻繁に衝突し、そのたびに運動量を失います。
衝突と衝突の間の平均時間を緩和時間($\tau$)といいます。 加速による速度の増加と衝突による速度のリセットが平衡すると、平均的なドリフト速度は一定になります。
電場 $E$ による加速度:$a = \dfrac{eE}{m}$
平均的に $\tau$ 秒間加速されるので、得られるドリフト速度は:
$$v_d = a\tau = \frac{eE\tau}{m}$$
これを電流密度 $J = nev_d$ に代入すると:
$$J = ne \cdot \frac{eE\tau}{m} = \frac{ne^2\tau}{m}\,E$$
$$J = \sigma E$$
ただし、電気伝導率(導電率)$\sigma$ は:
$$\sigma = \frac{ne^2\tau}{m}$$
電場による加速と格子との散乱が平衡して、ドリフト速度 $v_d$ が電場 $E$ に比例します。
$v_d \propto E$ であり、$J = nev_d$ なので、$J \propto E$。
これが $V = IR$(巨視的オームの法則)の微視的な起源です。 オームの法則は経験法則ではなく、電子の散乱過程から導ける物理法則です。
微視的オームの法則 $J = \sigma E$ から、高校で暗記していた $R = \rho L / S$ を導出します。
$$\rho = \frac{1}{\sigma} = \frac{m}{ne^2\tau}$$
長さ $L$、断面積 $S$ の一様な導体を考えます。
導体の両端の電位差を $V$ とすると、内部の電場は:$E = V / L$
電流密度は:$J = \sigma E = \sigma V / L$
電流は:$I = JS = \sigma S V / L$
$V = IR$ と比較すると:
$$R = \frac{V}{I} = \frac{L}{\sigma S} = \rho \frac{L}{S}$$
高校では天下り的に与えられていた $R = \rho L / S$ が、$J = \sigma E$ から自然に導かれました。
高校では「抵抗は水道管の細さに対応する」というアナロジーを使うことがあります。 太い管は水が流れやすく、長い管は流れにくい。これは $R = \rho L / S$ と定性的に一致します。
しかし、水流の抵抗は粘性に由来し、電気抵抗は電子と格子の散乱に由来します。 メカニズムはまったく異なります。アナロジーは導入には有用ですが、物理的理解としては不十分です。
高校では「金属の抵抗は温度が高いほど大きくなる」と学びます。 微視的な描像を使えば、この事実を自然に説明できます。
抵抗率は $\rho = m / (ne^2\tau)$ でした。 この式に含まれる量のうち、温度によって大きく変化するのは緩和時間 $\tau$ です。
つまり、温度上昇 → 格子振動の増大 → 散乱頻度の増加 → $\tau$ の減少 → $\rho$ の増大 → $R$ の増大。 一連の因果関係が明確になります。
半導体では温度が上がると抵抗が減少します。 これは $\rho = m / (ne^2\tau)$ において、$\tau$ の減少よりも自由電子数 $n$ の増加の方が大きいためです。
温度上昇により束縛電子が解放されて自由電子が増え、$n$ が急増します。 同じ式 $\rho = m / (ne^2\tau)$ で、金属と半導体の違いまで説明できます。
オームの法則の微視的理解は、電磁気学の多くのテーマと結びつきます。
Q1. 電流密度 $J$ を、自由電子の数密度 $n$、電気素量 $e$、ドリフト速度 $v_d$ を用いて表してください。
Q2. 微視的オームの法則 $J = \sigma E$ において、$\sigma$ を $n$, $e$, $\tau$, $m$ で表してください。
Q3. 金属の温度が上昇すると抵抗が増大する理由を、緩和時間 $\tau$ を用いて説明してください。
Q4. 導体のドリフト速度は典型的にどの程度の大きさですか。電灯がすぐに光るのはなぜですか。
微視的オームの法則と電流密度に関する問題を解いてみましょう。
断面積 $S = 1.0 \times 10^{-6}$ m$^2$ の銅線に $I = 3.0$ A の電流が流れている。銅の自由電子の数密度は $n = 8.5 \times 10^{28}$ m$^{-3}$ である。次の問いに答えよ。
(1) 電流密度 $J$ を求めよ。
(2) 電子のドリフト速度 $v_d$ を求めよ。
(1) $J = I / S = 3.0 / (1.0 \times 10^{-6}) = 3.0 \times 10^{6}$ A/m$^2$
(2) $v_d = J / (ne) = 3.0 \times 10^{6} / (8.5 \times 10^{28} \times 1.6 \times 10^{-19}) \approx 2.2 \times 10^{-4}$ m/s
(1) 電流密度は $J = I/S$ で計算できます。
(2) $J = nev_d$ より $v_d = J/(ne)$。ドリフト速度は約 0.22 mm/s と非常に小さい値になります。電子の熱運動速度(約 $10^5$ m/s)と比較すると、10桁近く小さいことが分かります。
自由電子の数密度 $n$、電気素量 $e$、電子質量 $m$、緩和時間 $\tau$ を用いて次の問いに答えよ。
(1) 電場 $E$ 中での電子のドリフト速度 $v_d$ を導出せよ。
(2) 微視的オームの法則 $J = \sigma E$ における $\sigma$ を導出せよ。
(3) 上の結果から $R = \rho L / S$ を導出せよ。
(1) 電場 $E$ による電子の加速度は $a = eE/m$。平均 $\tau$ 秒間加速されるので $v_d = eE\tau / m$。
(2) $J = nev_d = ne \cdot eE\tau/m = (ne^2\tau/m)E$。よって $\sigma = ne^2\tau / m$。
(3) 長さ $L$、断面積 $S$ の導体では $E = V/L$、$I = JS$。$J = \sigma E$ より $I = \sigma S V / L$。$R = V/I = L/(\sigma S) = \rho L / S$($\rho = 1/\sigma$)。
この問題は、高校で暗記する $R = \rho L/S$ を電子の運動から導出するプロセス全体を確認するものです。ドリフト速度 → 電流密度 → 微視的オームの法則 → 巨視的オームの法則という一連の流れが重要です。
金属と半導体の抵抗率の温度依存性について、次の問いに答えよ。
(1) $\rho = m/(ne^2\tau)$ を用いて、金属の温度が上昇したとき抵抗率が増大する理由を、$\tau$ の変化に着目して説明せよ。
(2) 半導体では温度上昇により抵抗率が減少する。同じ式 $\rho = m/(ne^2\tau)$ を用いて、この違いを説明せよ。
(3) (1)(2) の考察から、ある温度で金属と半導体の抵抗率が等しくなる可能性はあるか。定性的に論じよ。
(1) 温度上昇により格子の熱振動が激しくなり、電子の散乱頻度が増加する。これにより $\tau$ が短くなる。金属では $n$ はほぼ一定なので、$\tau$ の減少がそのまま $\rho$ の増大に直結する。
(2) 半導体でも $\tau$ は減少するが、温度上昇により束縛されていた電子が伝導帯に励起され、$n$ が指数関数的に増大する。$n$ の増大が $\tau$ の減少を上回るため、$\rho$ は全体として減少する。
(3) 温度上昇に対して金属の $\rho$ は増大し、半導体の $\rho$ は減少する。したがって、両者の $\rho$ が一致する温度が存在しうる。
同じ式 $\rho = m/(ne^2\tau)$ から、金属と半導体の違いを統一的に説明できることが重要です。式の中のどの量が温度で大きく変化するかに着目すれば、一見逆の振る舞いも自然に理解できます。