高校物理では、原子核は陽子と中性子(まとめて核子)から構成されると学び、質量数 $A$ と原子番号 $Z$ で原子核を分類します。
結合エネルギーという言葉も登場しますが、その計算方法や物理的意味は深く扱われません。
大学物理では、核子同士を結びつける核力の正体が強い相互作用の残余力であること、
結合エネルギーが質量欠損 $\Delta m$ から $E = \Delta mc^2$ で定量的に計算できること、
そして核子あたりの結合エネルギー曲線が核分裂と核融合のエネルギー放出を統一的に説明することを学びます。
この記事では、原子核の構造を定量的に理解するための道具を整理します。
高校の「暗記する原子核」から「計算で理解する原子核」へ視点を切り替えることで、
核エネルギーの問題に対して根拠を持って答えられるようになります。
高校物理では、原子核について次のことを学びます。
これらの知識は正しく、入試でも十分に役立ちます。 ただし、高校の範囲では次の点が扱われていません。
大学の視点を導入すると、これらの問いに定量的に答えられるようになります。
大学物理で原子核を学ぶと、高校での理解がどう深まるかを確認します。
原子核の大きさを定量的に見積もれるようになる。 原子核の半径 $R \approx R_0 A^{1/3}$ という経験式から、核密度がほぼ一定であることが理解できます。
結合エネルギーを計算できるようになる。 質量欠損 $\Delta m$ と $E = \Delta mc^2$ を使って、具体的な原子核の結合エネルギーを MeV 単位で求められるようになります。
核分裂と核融合の両方でエネルギーが出る理由を説明できるようになる。 核子あたりの結合エネルギー曲線という1つのグラフで、両方の現象を統一的に理解できます。
原子核の大きさは、電子散乱実験などで測定されています。 その結果、原子核の半径には次の経験式が成り立つことが分かっています。
$$R \approx R_0 A^{1/3}$$
この式は、原子核の体積が核子の数 $A$ に比例することを意味します。 球の体積は $V = \frac{4}{3}\pi R^3$ なので、
$$V = \frac{4}{3}\pi R_0^3 A$$
つまり体積は $A$ に比例し、核子1個あたりの体積は $\frac{4}{3}\pi R_0^3$ で一定です。 これは核密度がほぼ一定であることを示しています。
核子の質量を $m \approx 1.67 \times 10^{-27}\,\text{kg}$、$R_0 = 1.2\,\text{fm}$ とすると、
$$\rho = \frac{Am}{V} = \frac{Am}{\frac{4}{3}\pi R_0^3 A} = \frac{m}{\frac{4}{3}\pi R_0^3} \approx 2.3 \times 10^{17}\,\text{kg/m}^3$$
これは水の密度($10^3\,\text{kg/m}^3$)の約 $2 \times 10^{14}$ 倍です。原子核は極めて高密度な物質です。
核密度が核子数によらずほぼ一定であるという事実は、核力の重要な性質(飽和性)を反映しています。 各核子は近くの核子としか相互作用しないため、核子が増えても密度は変わりません。 これは液体の性質と似ており、原子核を液滴として扱う「液滴模型」の根拠になっています。
原子核の中には陽子が複数存在します。 陽子同士はクーロン力で反発するはずなのに、原子核はなぜ安定に存在できるのでしょうか。 それは、クーロン力よりもはるかに強い引力 ── 核力が働いているためです。
核力には次のような特徴があります。
誤:核力は万有引力よりも強いので、原子核内の陽子の反発に打ち勝つ
正:核力が打ち勝っているのはクーロン力(電磁気力)に対してです。 万有引力は核子間では極めて弱く(クーロン力の $10^{-36}$ 倍程度)、原子核の安定性にはまったく寄与しません。 核力の比較対象はクーロン力です。
自然界には4つの基本的な相互作用が存在します。 強さの順に、強い相互作用(核力の起源)、電磁相互作用(クーロン力)、弱い相互作用($\beta$ 崩壊の原因)、重力相互作用です。 核力は最強の力の残余効果であるため、クーロン力に打ち勝つことができます。
原子核の質量 $M$ は、それを構成する陽子と中性子の質量の単純な和よりも小さいことが実験的に知られています。 この差を質量欠損と呼びます。
質量欠損:
$$\Delta m = Zm_p + Nm_n - M$$
結合エネルギー:
$$B = \Delta m \cdot c^2 = (Zm_p + Nm_n - M)c^2$$
結合エネルギー $B$ の物理的意味は明確です。 原子核をバラバラの核子に分解するために必要なエネルギーが結合エネルギーです。 結合エネルギーが大きいほど、原子核は安定です。
$^4\text{He}$ は陽子2個、中性子2個から構成されます。
陽子の質量:$m_p = 1.007276\,\text{u}$
中性子の質量:$m_n = 1.008665\,\text{u}$
$^4\text{He}$ の原子核質量:$M = 4.001506\,\text{u}$
質量欠損:$\Delta m = 2 \times 1.007276 + 2 \times 1.008665 - 4.001506 = 0.030376\,\text{u}$
$1\,\text{u} = 931.5\,\text{MeV}/c^2$ を用いると、
$$B = 0.030376 \times 931.5 = 28.3\,\text{MeV}$$
核子あたりの結合エネルギー:$B/A = 28.3 / 4 = 7.07\,\text{MeV}$
核子が集まって原子核を形成するとき、結合エネルギーに相当する分だけ質量が減少します。 この「失われた質量」は、核子同士が結合する際にエネルギーとして放出されたものです。
逆に原子核を分解するには、その分のエネルギーを外部から供給する必要があります。 結合エネルギーが大きい原子核ほど、分解に多くのエネルギーが必要 ── つまり安定です。
各原子核の核子あたりの結合エネルギー $B/A$ を質量数 $A$ に対してプロットすると、 原子核物理で最も重要なグラフの1つが得られます。
この曲線の形状から、核分裂と核融合の両方でエネルギーが放出される理由が説明できます。
軽い原子核($A$ が小さい領域)では $B/A$ が小さい値です。 これらが融合してより重い原子核になると、$B/A$ が増加します。 核子あたりの結合エネルギーが増えるということは、核子1個あたりのエネルギーが低下する(より安定になる)ことを意味します。 減少したエネルギー分が放出されます。
重い原子核($A$ が大きい領域)では $B/A$ が $^{56}\text{Fe}$ より小さい値です。 これが分裂して中程度の質量数の原子核になると、$B/A$ が増加します。 核融合の場合と同じ論理で、結合エネルギーの増加分がエネルギーとして放出されます。
核分裂も核融合も、核子あたりの結合エネルギーが増える方向への変化です。 曲線の山頂($^{56}\text{Fe}$ 付近)に向かって変化する反応は、エネルギーを放出します。
軽い核は融合によって山頂に向かい、重い核は分裂によって山頂に向かいます。 高校では「どちらもエネルギーを出す」と別々に覚えていた2つの現象が、 1つの曲線の形状から統一的に理解できます。
誤:結合エネルギーが大きい原子核ほどエネルギーが高い
正:結合エネルギーが大きい原子核ほどエネルギーが低く、安定です。 結合エネルギーは「分解するのに必要なエネルギー」であり、 それが大きいということは深いポテンシャルの谷にいることを意味します。
$^{56}\text{Fe}$ が核子あたりの結合エネルギー曲線の頂点に位置するということは、 鉄が最も安定な原子核であることを意味します。 恒星の内部で核融合反応が進むと、最終的に鉄が生成されます。 鉄より重い元素を作る核融合はエネルギーを吸収するため、鉄の生成をもって恒星の核融合は停止します。 大質量星がこの段階に達すると、超新星爆発が起こります。
原子核の構造の理解は、この章の残りの記事すべての基盤になります。
Q1. 原子核の半径の経験式 $R \approx R_0 A^{1/3}$ から、原子核の体積は何に比例しますか。また、これは核密度について何を意味しますか。
Q2. 核力の主な特徴を3つ挙げてください。
Q3. 結合エネルギー $B$ の物理的意味を説明してください。$B$ が大きいとき、原子核は安定ですか、不安定ですか。
Q4. 核分裂と核融合の両方でエネルギーが放出される理由を、核子あたりの結合エネルギー曲線を用いて説明してください。
原子核の構造と結合エネルギーに関する理解を、問題で確認しましょう。
$R_0 = 1.2\,\text{fm}$ として、次の原子核の半径を求めよ。
(1) $^{12}\text{C}$(炭素12)
(2) $^{238}\text{U}$(ウラン238)
(3) (1)と(2)の結果から、ウラン原子核の体積は炭素原子核の体積の何倍か求めよ。
(1) $R = 1.2 \times 12^{1/3} = 1.2 \times 2.29 \approx 2.7\,\text{fm}$
(2) $R = 1.2 \times 238^{1/3} = 1.2 \times 6.20 \approx 7.4\,\text{fm}$
(3) $V_U / V_C = (R_U / R_C)^3 = A_U / A_C = 238 / 12 \approx 19.8$ 倍
$R = R_0 A^{1/3}$ を使います。体積比は $R^3$ の比、すなわち $A$ の比に等しくなります。 これは核密度が一定であることの直接的な帰結です。ウラン原子核はおよそ20倍の核子を含み、体積もおよそ20倍です。
$^{56}\text{Fe}$(鉄56)の原子核質量は $M = 55.9207\,\text{u}$ である。陽子の質量 $m_p = 1.007276\,\text{u}$、中性子の質量 $m_n = 1.008665\,\text{u}$、$1\,\text{u} = 931.5\,\text{MeV}/c^2$ として、次の問いに答えよ。
(1) $^{56}\text{Fe}$ の質量欠損 $\Delta m$ を u 単位で求めよ($Z = 26$、$N = 30$)。
(2) 結合エネルギー $B$ を MeV 単位で求めよ。
(3) 核子あたりの結合エネルギー $B/A$ を求め、この値が核種の中でほぼ最大であることの物理的意味を述べよ。
(1) $\Delta m = 26 \times 1.007276 + 30 \times 1.008665 - 55.9207 = 26.1891 + 30.2600 - 55.9207 = 0.5284\,\text{u}$
(2) $B = 0.5284 \times 931.5 = 492.2\,\text{MeV}$
(3) $B/A = 492.2 / 56 = 8.79\,\text{MeV}$。これが核種の中でほぼ最大であることは、$^{56}\text{Fe}$ が最も安定な原子核であることを意味する。
質量欠損の計算では、陽子と中性子の数を正確に使う必要があります。 $^{56}\text{Fe}$ の場合、$Z = 26$(陽子26個)、$N = A - Z = 56 - 26 = 30$(中性子30個)です。
$B/A \approx 8.8\,\text{MeV}$ が最大であることは、他のどの核に変化してもエネルギーが必要になること、 すなわち鉄が核反応によって自発的に変化しないことを意味します。
重水素 $^2\text{H}$(核子あたりの結合エネルギー $B/A = 1.11\,\text{MeV}$)2個が融合して $^4\text{He}$($B/A = 7.07\,\text{MeV}$)が生成される反応を考える。
(1) 反応前後の全結合エネルギーの差を求め、この反応で放出されるエネルギーを MeV 単位で見積もれ。
(2) 核融合でエネルギーが放出される理由を、核子あたりの結合エネルギー曲線の観点から説明せよ。
(3) 鉄($^{56}\text{Fe}$)同士の核融合ではエネルギーは放出されるか。理由を述べよ。
(1) 反応前の全結合エネルギー:$2 \times 2 \times 1.11 = 4.44\,\text{MeV}$。 反応後の全結合エネルギー:$4 \times 7.07 = 28.28\,\text{MeV}$。 放出エネルギー:$28.28 - 4.44 = 23.8\,\text{MeV}$
(2) 軽い核は $B/A$ が小さい。融合してより重い核になると $B/A$ が増加する(曲線の頂点に近づく)。 核子あたりの結合エネルギーが増加した分だけ、系全体のエネルギーが低下し、その差がエネルギーとして放出される。
(3) 放出されない。$^{56}\text{Fe}$ は $B/A$ がほぼ最大の位置にある。鉄より重い核の $B/A$ は鉄より小さいため、 融合後に $B/A$ は減少する。これはエネルギーの吸収を意味するので、自発的には起こらない。
(1) 結合エネルギーの増加分が放出エネルギーに対応します。 反応後の方が結合エネルギーが大きい(より安定)ため、差分がエネルギーとして放出されます。
(2) 核子あたりの結合エネルギー曲線の「上り坂」の方向への反応がエネルギーを放出します。 軽い核の融合は曲線を左から右へ登ることに対応します。
(3) 鉄は曲線の頂点にいるので、どちらの方向に変化してもエネルギーを吸収します。 これが恒星の核融合が鉄で停止する理由です。