高校物理では、α崩壊(ヘリウム原子核の放出)、β崩壊(電子の放出)、γ崩壊(電磁波の放出)を学びます。
崩壊前後の質量数と原子番号の変化を覚え、崩壊系列を追うことが主な学習内容です。
大学物理では、各崩壊がなぜ起こるのかを物理法則から理解します。
α崩壊は量子力学のトンネル効果、β崩壊は弱い相互作用による中性子の変換、
γ崩壊は原子核の励起状態からの電磁遷移として説明されます。
この記事では、3種類の崩壊のメカニズムを学びます。
「何が起こるか」だけでなく「なぜ起こるか」を理解することで、
崩壊の規則を丸暗記する必要がなくなり、保存則から崩壊の結果を予測できるようになります。
高校物理では、放射性崩壊について次のことを学びます。
これらの知識は正確であり、崩壊前後の原子番号と質量数の変化を追跡するのに十分です。 しかし、高校の範囲では次の疑問が残ります。
各崩壊のメカニズムを物理法則で理解できるようになる。 α崩壊がトンネル効果、β崩壊が弱い相互作用、γ崩壊が電磁遷移であることを学びます。
β崩壊でなぜニュートリノが必要かを理解できるようになる。 エネルギー保存と運動量保存から、ニュートリノの存在が論理的に要請されることが分かります。
保存則を使って崩壊の結果を予測できるようになる。 質量数、電荷、エネルギー、運動量の保存を適用して、崩壊産物を特定できます。
α崩壊では、原子核がα粒子($^4_2\text{He}$)を放出します。 崩壊の式は次のように書けます。
$$^A_Z X \to {}^{A-4}_{Z-2} Y + {}^4_2\text{He}$$
α粒子($^4\text{He}$)は、核子あたりの結合エネルギーが非常に大きい($B/A = 7.07\,\text{MeV}$)、特に安定な粒子です。 陽子2個と中性子2個がまとまった「塊」として原子核内に形成されやすく、 その塊ごと放出されるのがエネルギー的に有利であるため、α粒子が放出されます。
α粒子は原子核内で核力によるポテンシャルの井戸に閉じ込められています。 この井戸の外側にはクーロン力によるポテンシャル障壁が存在します。 α粒子のエネルギーはこの障壁の高さより小さいので、古典力学では障壁を越えることができません。
しかし量子力学では、粒子は確率的に障壁を透過することがあります。 これが量子トンネル効果です。 障壁が薄いほど、また粒子のエネルギーが障壁の高さに近いほど、透過確率は高くなります。
α崩壊は、原子核内のα粒子がクーロン障壁を量子トンネル効果で透過する現象です。 透過確率が極めて小さいため、崩壊の半減期は非常に長くなることがあります (例えばウラン238の半減期は約45億年)。
トンネル効果の透過確率はα粒子のエネルギーと障壁の高さ・幅に依存するため、 α粒子のエネルギーが大きい核種ほど半減期が短いという関係(ガイガー・ヌッタルの法則)が成り立ちます。
β崩壊は、高校では「原子核から電子が放出される」と教わります。 しかし、原子核の中に電子は存在しません。 では電子はどこから来るのでしょうか。
β崩壊(β-崩壊)では、原子核内の中性子が弱い相互作用によって陽子に変換されます。 このとき、電子と反電子ニュートリノが生成されます。
$$n \to p + e^- + \bar{\nu}_e$$
原子核全体としては、
$$^A_Z X \to {}^A_{Z+1} Y + e^- + \bar{\nu}_e$$
質量数 $A$ は変化せず(核子の総数は同じ)、原子番号 $Z$ が1つ増えます。
β崩壊の研究の初期には、ニュートリノの存在は知られていませんでした。 もしβ崩壊が $n \to p + e^-$ だけであれば、2体崩壊なので、 放出される電子のエネルギーは運動量保存とエネルギー保存から一意に決まるはずです。
しかし実験では、放出される電子のエネルギーは連続的なスペクトルを示しました。 エネルギーが一定でないということは、エネルギー保存則が破れているか、未知の第3の粒子が存在するかのどちらかです。
1930年にパウリは、電荷を持たず質量がほとんどゼロの未知の粒子(のちにニュートリノと命名)が 同時に放出されていると提唱しました。 3体崩壊であれば、電子とニュートリノの間でエネルギーが分配されるため、 電子のエネルギーが連続スペクトルになることが説明できます。
誤:β崩壊では、原子核内に存在していた電子が飛び出す
正:電子は崩壊の瞬間に弱い相互作用によって新たに生成されます。 中性子が陽子に変換される過程で、エネルギーが電子と反ニュートリノの質量と運動エネルギーに変わるのです。
β崩壊にはβ+崩壊もあります。 これは陽子が中性子に変換される過程($p \to n + e^+ + \nu_e$)で、陽電子が放出されます。 また、原子核が軌道電子を捕獲して陽子が中性子に変換される「電子捕獲」 ($p + e^- \to n + \nu_e$)もあります。いずれも弱い相互作用が関与します。
γ崩壊は、α崩壊やβ崩壊とは性質が異なります。 α崩壊やβ崩壊では原子核の種類(元素)が変わりますが、γ崩壊では変わりません。
α崩壊やβ崩壊の直後、娘核は励起状態にあることがあります。 原子が励起状態から基底状態に遷移するときに光(光子)を放出するのと同じ原理で、 原子核も励起状態から低いエネルギー準位に遷移するときにγ線(高エネルギーの光子)を放出します。
$$^A_Z X^* \to {}^A_Z X + \gamma$$
γ線のエネルギーは、原子核のエネルギー準位の差に等しくなります。 原子の発光が可視光〜紫外線の領域であるのに対し、 原子核のエネルギー準位の間隔は MeV のオーダーであるため、γ線は非常に高エネルギーの電磁波です。
γ崩壊の本質は、原子核版の発光現象です。 原子が光を出すのと同じ原理(電磁遷移)で、原子核もγ線を出します。 違いはエネルギースケールだけです。 原子のエネルギー準位の間隔は eV オーダーですが、原子核では MeV オーダーとなるため、 放出される電磁波の振動数がはるかに高くなります。
すべての放射性崩壊において、次の物理量が保存されます。 これらの保存則を知っていれば、崩壊の結果を予測したり、崩壊が可能かどうかを判定したりできます。
| 保存される量 | α崩壊 | β崩壊 | γ崩壊 |
|---|---|---|---|
| 質量数 $A$ | $A \to (A-4) + 4$ | $A \to A$(変化なし) | $A \to A$(変化なし) |
| 電荷(原子番号 $Z$) | $Z \to (Z-2) + 2$ | $Z \to (Z+1) + (-1) + 0$ | $Z \to Z$(変化なし) |
| エネルギー | 保存(質量差が運動エネルギーに) | 保存(3体で分配) | 保存(準位差がγ線に) |
| 運動量 | 保存 | 保存 | 保存 |
高校では崩壊前後の質量数と原子番号の変化を個別に覚えますが、 大学の視点では保存則を適用するだけで同じ結果が導けます。 覚えるべきは保存則であって、個別の変化ではありません。
疑問:質量数が変わらないのに、なぜ原子番号(元素)が変わるのか
理解:β崩壊では中性子が陽子に変換されます。 核子の総数(質量数 $A$)は変わりませんが、陽子と中性子の比率が変わるため、 原子番号が変化します。元素を決めるのは陽子の数(原子番号)なので、元素が変わります。
放射性崩壊の理解は、半減期の議論と核反応のエネルギー計算の基盤となります。
Q1. α崩壊で放出されるのがα粒子($^4\text{He}$)である理由を簡潔に述べてください。
Q2. β崩壊で電子が放出されますが、電子はもともと原子核の中にいたのですか。実際には何が起こっていますか。
Q3. ニュートリノの存在が要請された実験的根拠は何ですか。
Q4. γ崩壊と原子の発光はどのような点で類似していますか。
放射性崩壊のメカニズムと保存則の理解を、問題で確認しましょう。
$^{238}_{92}\text{U}$ がα崩壊する。次の問いに答えよ。
(1) 崩壊後の娘核の質量数と原子番号を求めよ。
(2) この崩壊を反応式で書け。
(3) 娘核は何という元素か。(原子番号90はトリウム Th)
(1) 質量数:$238 - 4 = 234$、原子番号:$92 - 2 = 90$
(2) $^{238}_{92}\text{U} \to {}^{234}_{90}\text{Th} + {}^4_2\text{He}$
(3) トリウム(Th)
α崩壊では $^4_2\text{He}$ が放出されるので、質量数が4、原子番号が2減少します。 これは質量数と電荷の保存則を適用した結果です。
$^{14}_6\text{C}$(炭素14)がβ-崩壊する。次の問いに答えよ。
(1) 崩壊の反応式を書け(ニュートリノも含めること)。
(2) この崩壊で、核内で起こっている素過程を反応式で示せ。
(3) 放出される電子のエネルギーが一定の値にならず、連続スペクトルを示す理由を述べよ。
(1) $^{14}_6\text{C} \to {}^{14}_7\text{N} + e^- + \bar{\nu}_e$
(2) $n \to p + e^- + \bar{\nu}_e$
(3) 崩壊産物が電子、反ニュートリノ、娘核の3体であるため、放出エネルギーが電子とニュートリノに可変の比率で分配される。そのため電子のエネルギーは0から最大値までの連続的な値を取る。
(1) 質量数は14のまま変化せず、原子番号が6から7に増加します(中性子が陽子に変換)。 原子番号7は窒素(N)です。
(2) 核内の中性子1個が弱い相互作用によって陽子に変換され、電子と反ニュートリノが生成されます。
(3) 2体崩壊であれば運動量保存とエネルギー保存から放出粒子のエネルギーが一意に決まりますが、 3体崩壊では自由度が増えるため、エネルギーの分配が連続的になります。
$^{232}_{90}\text{Th}$(トリウム232)は、一連のα崩壊とβ-崩壊を経て、最終的に安定な $^{208}_{82}\text{Pb}$(鉛208)になる。次の問いに答えよ。
(1) この崩壊系列全体で、質量数と原子番号はそれぞれいくつ変化するか。
(2) α崩壊は全部で何回起こるか。
(3) β-崩壊は全部で何回起こるか。理由も述べよ。
(1) 質量数の変化:$232 - 208 = 24$。原子番号の変化:$90 - 82 = 8$。
(2) α崩壊は6回。
(3) β-崩壊は4回。
(1) 質量数は24減少、原子番号は8減少します。
(2) β崩壊では質量数は変化しないので、質量数の減少はすべてα崩壊によるものです。 α崩壊1回で質量数が4減少するので、$24 / 4 = 6$ 回です。
(3) α崩壊6回で原子番号は $6 \times 2 = 12$ 減少しますが、実際の減少は8です。 差の $12 - 8 = 4$ 回分はβ-崩壊(原子番号が1増加)で補われています。 確認:$-12 + 4 = -8$(原子番号の総変化)で整合します。