高校物理では、電子などの粒子が波の性質を持つことを学び、ド・ブロイ波長 $\lambda = h/p$ を公式として使います。
この公式自体は正しく、入試でもそのまま使えます。
大学物理では、この公式がどのような発想から生まれたのかを理解します。
光が粒子性を持つなら、逆に粒子も波動性を持つはずだ ── ド・ブロイのこの着想は、
量子力学の誕生につながる決定的な一歩でした。
この記事では、ド・ブロイの仮説の論理的な根拠を示し、
電子のド・ブロイ波長を具体的に計算し、
実験で波動性がどう確認されたかを解説します。
公式の「意味」を理解することで、次のボーアモデルやシュレーディンガー方程式への道が開けます。
高校物理では、粒子の波動性を次のように学びます。
この公式を使えば、運動量が分かっている粒子の波長を求められます。 入試でもこの公式を適用するだけで十分です。
ただし、高校の扱いには次のような限界があります。
大学物理では、ド・ブロイの仮説を「光と物質の対称性」という観点から理解します。
ド・ブロイの仮説の論理を理解できる。 光子に成り立つ $p = h/\lambda$ を、すべての粒子に拡張するという発想の道筋が分かります。 公式を「なぜそうなるのか」込みで理解できます。
加速電圧と波長の関係を導出できる。 電圧 $V$ で加速された電子のド・ブロイ波長 $\lambda = h/\sqrt{2meV}$ を自分で導けるようになります。
ボーアモデルへの橋渡しができる。 ド・ブロイ波の概念が、次の記事で扱うボーアの量子条件 $2\pi r = n\lambda$ の根拠になることを理解できます。
ド・ブロイの仮説を理解するために、まず光子の性質を振り返ります。
前章(A-20)で学んだように、光は波動性と粒子性の両方を持ちます。 光子について、次の2つの関係が成り立ちます。
$$E = hf \qquad \text{(エネルギー)}$$
$$p = \frac{h}{\lambda} \qquad \text{(運動量)}$$
ここで重要なのは、左辺の $E$ と $p$ は粒子的な量(エネルギー、運動量)であり、 右辺の $f$ と $\lambda$ は波動的な量(振動数、波長)だということです。 この2つの式は、粒子と波動をプランク定数 $h$ で橋渡ししています。
1924年、ルイ・ド・ブロイは次のように考えました。
光はもともと波だと考えられていたが、光電効果やコンプトン効果により粒子性を持つことが判明した。 ならば、逆の方向も成り立つのではないか。 つまり、電子のような「粒子」だと考えられているものも、波動性を持つのではないか。
この着想に基づき、ド・ブロイは光子に成り立つ関係 $p = h/\lambda$ をすべての粒子に拡張しました。
$$\lambda = \frac{h}{p} = \frac{h}{mv}$$
ド・ブロイの仮説は、次のような論理に基づいています。
(1)光子には $p = h/\lambda$ が成り立つ(実験で確認済み)
(2)自然界には対称性がある(光が粒子性を持つなら、粒子も波動性を持つはず)
(3)したがって、すべての粒子に $\lambda = h/p$ が成り立つと仮定する
これは1924年時点では仮説にすぎませんでしたが、1927年にダビッソンとガーマーの実験で確認されました。
ド・ブロイ波長の公式を使って、実際に電子の波長を求めてみましょう。 電子線を作る典型的な方法は、電圧をかけて電子を加速することです。
静止している電子を電圧 $V$ で加速すると、電子はエネルギー $eV$ を得ます($e$ は電気素量)。 このエネルギーはすべて運動エネルギーになるので、
$$\frac{1}{2}mv^2 = eV$$
ここから運動量 $p = mv$ を求めます。$v = \sqrt{2eV/m}$ なので、
$$p = mv = m\sqrt{\frac{2eV}{m}} = \sqrt{2meV}$$
$$\lambda = \frac{h}{p} = \frac{h}{\sqrt{2meV}}$$
$h = 6.63 \times 10^{-34}$ J$\cdot$s、$m = 9.11 \times 10^{-31}$ kg、$e = 1.60 \times 10^{-19}$ C を代入します。
$$p = \sqrt{2 \times 9.11 \times 10^{-31} \times 1.60 \times 10^{-19} \times 150}$$
$$= \sqrt{4.37 \times 10^{-47}} = 6.61 \times 10^{-24} \text{ kg}\cdot\text{m/s}$$
$$\lambda = \frac{6.63 \times 10^{-34}}{6.61 \times 10^{-24}} = 1.00 \times 10^{-10} \text{ m} = 1.00 \text{ \AA}$$
これは結晶の原子間隔(数 \AA)と同程度であり、結晶格子による回折が観測できる波長です。
回折が起きるためには、波長が障害物(スリットや格子間隔)と同程度である必要があります。 加速電圧100 V程度の電子のド・ブロイ波長は約1 \AA = $10^{-10}$ m であり、 これは結晶の格子定数と同じオーダーです。
通常の光学的なスリット($\sim$ mm)では電子の回折は観測できません。 結晶を「回折格子」として使う必要があるのは、波長がそれほど短いためです。
ド・ブロイの仮説は、1927年にダビッソンとガーマーによって実験的に確認されました。
ダビッソンとガーマーは、ニッケル単結晶に電子線を照射し、散乱された電子の強度を角度ごとに測定しました。 その結果、特定の角度で電子の強度が極大になるパターンが観測されました。
これはX線の結晶回折(ブラッグ反射)とまったく同じ現象です。 結晶の格子面で反射された電子波が干渉し、ブラッグの条件
$$2d\sin\theta = n\lambda$$
を満たす角度で強め合いの干渉が起きます($d$:格子面間隔、$\theta$:入射角の補角、$n$:整数)。
実験で求められた波長は、ド・ブロイの関係式 $\lambda = h/p$ から計算される値と一致しました。 これにより、電子が波動性を持つことが実験的に証明されました。
ダビッソン・ガーマーの実験は、次の2つを同時に示しました。
(1)電子は波動性を持ち、結晶格子による回折を起こす
(2)その波長は $\lambda = h/p$ で正確に予測できる(ド・ブロイの仮説の検証)
この実験により、ド・ブロイの仮説は「仮説」から「確立された事実」になりました。
誤解:「電子が波のように広がって揺れている」
正確な理解:個々の電子は検出器上の1点にしか到達しない(粒子的にふるまう)。 しかし、大量の電子を同じ条件で実験すると、到達位置の分布に干渉模様が現れる(波動的にふるまう)。
「波動性」とは、粒子の振る舞いの統計的なパターンが波の干渉と同じ法則に従うということです。 個々の電子が「波のように揺れている」わけではありません。
すべての粒子が波動性を持つなら、なぜ日常生活でボールや人間の「波」は観測されないのでしょうか。 答えは、$\lambda = h/p$ のスケールにあります。
質量 $m = 0.15$ kg のボールが速さ $v = 30$ m/s で飛んでいる場合を計算します。
$$\lambda = \frac{h}{mv} = \frac{6.63 \times 10^{-34}}{0.15 \times 30} = 1.47 \times 10^{-34} \text{ m}$$
これは原子核の大きさ($\sim 10^{-15}$ m)よりもさらに19桁も小さい値です。 いかなる実験装置でも、この波長を検出することは不可能です。
| 物体 | 質量 | 速さ | ド・ブロイ波長 |
|---|---|---|---|
| 電子(100 V加速) | $9.1 \times 10^{-31}$ kg | $5.9 \times 10^6$ m/s | $1.2 \times 10^{-10}$ m(結晶格子と同程度) |
| 陽子(100 V加速) | $1.7 \times 10^{-27}$ kg | $1.4 \times 10^5$ m/s | $2.9 \times 10^{-12}$ m |
| 野球ボール | $0.15$ kg | $30$ m/s | $1.5 \times 10^{-34}$ m |
波動性が観測可能かどうかは、ド・ブロイ波長と、相互作用する構造物のサイズとの比較で決まります。 波長が構造物のサイズに比べて極端に小さければ、回折や干渉は起きず、粒子は古典的な粒子として振る舞います。
プランク定数 $h = 6.63 \times 10^{-34}$ J$\cdot$s は極めて小さい値です。 そのため、日常的なスケール(kg, m/s)の物体ではド・ブロイ波長が無視できるほど小さくなり、 波動性は事実上観測不可能です。
量子力学的な効果が顕在化するのは、質量が非常に小さい粒子(電子、陽子など)の場合に限られます。 これが「量子力学はミクロの世界の物理学である」と言われる理由です。
ド・ブロイ波の概念は、原子物理の複数のテーマに直結します。
Q1. ド・ブロイの仮説の核心は何ですか。一文で述べてください。
Q2. 加速電圧 $V$ で加速された電子のド・ブロイ波長を求める式を導出してください。
Q3. ダビッソン・ガーマーの実験では、何を使って電子の回折を観測しましたか。
Q4. 日常的な物体の波動性が観測されない理由を説明してください。
ド・ブロイ波長の計算と概念の理解を確認しましょう。
速さ $v = 1.0 \times 10^6$ m/s で運動する電子のド・ブロイ波長を求めよ。プランク定数 $h = 6.63 \times 10^{-34}$ J$\cdot$s、電子の質量 $m = 9.11 \times 10^{-31}$ kg とする。
$\lambda = 7.3 \times 10^{-10}$ m $= 7.3$ \AA
$\lambda = \dfrac{h}{mv} = \dfrac{6.63 \times 10^{-34}}{9.11 \times 10^{-31} \times 1.0 \times 10^6}$
$= \dfrac{6.63 \times 10^{-34}}{9.11 \times 10^{-25}} = 7.28 \times 10^{-10}$ m
これは可視光の波長($4 \sim 7 \times 10^{-7}$ m)よりもはるかに短く、X線と同程度の波長です。
電子を電圧 $V$ で加速してド・ブロイ波長が $\lambda = 1.0 \times 10^{-10}$ m(1.0 \AA)となるようにしたい。次の問いに答えよ。
(1) 加速電圧 $V$ で加速された電子のド・ブロイ波長が $\lambda = h/\sqrt{2meV}$ で与えられることを示せ。
(2) 必要な加速電圧 $V$ を求めよ。
(1) エネルギー保存則より $\frac{1}{2}mv^2 = eV$。$p = mv = \sqrt{2meV}$ を $\lambda = h/p$ に代入して $\lambda = h/\sqrt{2meV}$。
(2) $V \approx 150$ V
(1) 静止電子が電圧 $V$ で加速されると、電場から $eV$ のエネルギーを得る。これがすべて運動エネルギーになるので $\frac{1}{2}mv^2 = eV$。両辺に $2m$ をかけると $(mv)^2 = 2meV$ より $p = \sqrt{2meV}$。$\lambda = h/p$ に代入して $\lambda = h/\sqrt{2meV}$。
(2) $\lambda = h/\sqrt{2meV}$ を $V$ について解くと $V = h^2/(2me\lambda^2)$。
$V = \dfrac{(6.63 \times 10^{-34})^2}{2 \times 9.11 \times 10^{-31} \times 1.60 \times 10^{-19} \times (1.0 \times 10^{-10})^2} = 151$ V
約 150 V の加速電圧が必要です。
電子と陽子をそれぞれ同じ加速電圧 $V$ で加速する。次の問いに答えよ。陽子の質量は電子の質量の1836倍とする。
(1) 電子のド・ブロイ波長 $\lambda_e$ と陽子のド・ブロイ波長 $\lambda_p$ の比 $\lambda_e / \lambda_p$ を求めよ。
(2) 結晶による回折実験で粒子の波動性を調べるには、電子と陽子のどちらが適しているか。理由とともに述べよ。
(1) $\lambda_e / \lambda_p = \sqrt{m_p / m_e} = \sqrt{1836} \approx 42.8$
(2) 電子のほうが適している。同じ加速電圧では電子のド・ブロイ波長のほうが約43倍長く、結晶の格子定数と同程度の波長を得やすいため、回折パターンが観測しやすい。
$\lambda = h/\sqrt{2meV}$ より、質量だけが異なる場合
$$\frac{\lambda_e}{\lambda_p} = \frac{h/\sqrt{2m_e eV}}{h/\sqrt{2m_p eV}} = \sqrt{\frac{m_p}{m_e}} = \sqrt{1836} \approx 42.8$$
質量が小さい粒子ほどド・ブロイ波長が長くなります。結晶の格子定数は数 \AA 程度なので、同じ加速電圧で波長がより長い電子のほうが、格子定数と近い波長を容易に実現でき、回折を観測しやすくなります。