第11章 音波

ドップラー効果
─ 相対運動の座標変換としての理解

高校物理では、ドップラー効果の公式 $f' = f \cdot \dfrac{V \pm v_o}{V \mp v_s}$ を覚え、符号の付け方に注意しながら問題を解きます。 「近づくとき」と「遠ざかるとき」で符号が変わるため、混乱の元になりやすい公式です。

大学物理では、ドップラー効果を音源の運動による波長の変化観測者の運動による受信頻度の変化に分離して理解します。 この2つの効果を個別に導出し、最後に組み合わせることで、符号を暗記する必要がなくなります。

この記事では、ドップラー効果の統一的な導出と、反射によるドップラー効果も扱います。

1高校物理でのドップラー効果の扱い

高校物理では、ドップラー効果を次のように学びます。

  • 音源または観測者が動くと、観測される振動数が変化する
  • 公式:$f' = f \cdot \dfrac{V \pm v_o}{V \mp v_s}$($V$:音速、$v_s$:音源の速度、$v_o$:観測者の速度)
  • 符号の選び方:近づくときは分子の $+$、分母の $-$ を選ぶ(逆は遠ざかるとき)

この公式には次の問題があります。

  • 符号の規則が紛らわしい。「近づくときはどちらが $+$?」で迷いやすく、符号を間違えるミスが頻発する
  • 音源が動く場合と観測者が動く場合の違いが見えにくい。公式が1つにまとめられているため、2つの効果が混在している
  • なぜこの公式になるかの物理的説明が不十分。天下り的に与えられることが多い

2大学の視点で見ると何が変わるのか

高校 vs 大学:ドップラー効果の扱い
高校:1つの公式を符号に注意して暗記
$f' = f \cdot \dfrac{V \pm v_o}{V \mp v_s}$
符号の使い分けで混乱しやすい。
大学:2つの効果を分離して導出
音源の効果 → 波長が変わる
観測者の効果 → 受信頻度が変わる
物理の意味を理解すれば符号は自明。
高校:音源と観測者の効果が混在
なぜ分子と分母の構造が異なるか不明。
大学:2つの効果が異なる物理的メカニズム
音源は波長を変え、観測者は受信速度を変える。
この記事で得られること

ドップラー効果の2つのメカニズムを分離して理解できる。 音源の運動は波長を変化させ、観測者の運動は単位時間に受け取る波の数を変化させます。この2つは独立した効果です。

符号を暗記する必要がなくなる。 音源が近づけば波長が縮む、観測者が近づけば受信頻度が増える。物理的な意味から符号が自然に決まります。

反射によるドップラー効果も扱える。 壁での反射をドップラー効果の2回適用として理解できます。

3音源が動く場合 ─ 波長の変化

まず、観測者は静止し、音源だけが速度 $v_s$ で観測者に近づく場合を考えます。

音源は振動数 $f$ で音を出しています。音源が静止していれば、波長は $\lambda = V/f$ です($V$ は音速)。

音源が近づく場合の波長

音源が速度 $v_s$ で観測者に向かって動いているとき、音源は1周期 $T = 1/f$ の間に距離 $v_s T = v_s / f$ だけ前進します。 その間に出された波は、音速 $V$ で前方に広がりますが、音源自身も前に進んでいるため、波の先端と次の波の先端の間隔(=波長)は縮みます。

導出:音源が近づくときの波長と振動数

1周期 $T$ の間に、波の先端は $VT$ だけ進みます。一方、音源は $v_s T$ だけ前進します。

観測者側の波長は:

$$\lambda' = VT - v_s T = (V - v_s)T = \frac{V - v_s}{f}$$

観測される振動数は:

$$f' = \frac{V}{\lambda'} = \frac{V}{(V - v_s)/f} = f \cdot \frac{V}{V - v_s}$$

音源が動く場合のドップラー効果

$$f' = f \cdot \frac{V}{V - v_s}$$

$v_s > 0$:音源が観測者に近づく($f' > f$、振動数が高くなる)。
$v_s < 0$:音源が観測者から遠ざかる($f' < f$、振動数が低くなる)。
音源の運動は波長を変化させる
音源の運動の本質:波長の圧縮

音源が動くと、進行方向の前方では波が圧縮されて波長が短くなり、後方では引き伸ばされて波長が長くなります。

音源の運動は媒質中の波長を物理的に変化させる効果です。観測者がどこにいても、その方向の波長は変わっています。

4観測者が動く場合 ─ 受信頻度の変化

次に、音源は静止し、観測者だけが速度 $v_o$ で音源に近づく場合を考えます。

音源が静止しているので、媒質中の波長は $\lambda = V/f$ のまま変わりません。 しかし、観測者が波に向かって動いているため、単位時間あたりに出会う波の数が変わります。

導出:観測者が近づくときの振動数

静止した観測者から見ると、波は速度 $V$ で到達します。1秒間に $V/\lambda = f$ 個の波を受け取ります。

観測者が速度 $v_o$ で波に向かって動くと、観測者から見た波の相対速度は $V + v_o$ になります。

波長は $\lambda$ のまま変わらないので、1秒間に受け取る波の数は:

$$f' = \frac{V + v_o}{\lambda} = \frac{V + v_o}{V/f} = f \cdot \frac{V + v_o}{V}$$

観測者が動く場合のドップラー効果

$$f' = f \cdot \frac{V + v_o}{V}$$

$v_o > 0$:観測者が音源に近づく($f' > f$)。
$v_o < 0$:観測者が音源から遠ざかる($f' < f$)。
観測者の運動は波の受信速度を変化させる
落とし穴:音源の運動と観測者の運動は「同じ効果」ではない

誤解:「音源が近づくのと観測者が近づくのは、相対速度が同じなら同じ結果になる」

正しい理解:音波には媒質(空気)が存在するため、音源の運動と観測者の運動は物理的に異なります。 音源の運動は波長を変え、観測者の運動は波との相対速度を変えます。相対速度が同じでも、観測される振動数は一般に異なります。

これは光のドップラー効果とは異なる点です。光には媒質がないため、光のドップラー効果は相対速度のみに依存します。

5両方が動く場合 ─ 統一公式

音源と観測者の両方が動く場合は、2つの効果を組み合わせます。

導出:一般のドップラー効果

Step 1:音源が速度 $v_s$ で動くことで、観測者方向の波長が変わる。

$$\lambda' = \frac{V - v_s}{f}$$

Step 2:観測者が速度 $v_o$ で動くことで、波との相対速度が変わる。

$$f' = \frac{V + v_o}{\lambda'} = \frac{V + v_o}{(V - v_s)/f} = f \cdot \frac{V + v_o}{V - v_s}$$

ドップラー効果の一般公式

$$f' = f \cdot \frac{V + v_o}{V - v_s}$$

$V$:音速。$v_s$:音源の速度(観測者に近づく向きを正)。$v_o$:観測者の速度(音源に近づく向きを正)。
分子は観測者、分母は音源。「近づく」とき分子は増え、分母は減る。
公式の構造を理解する

この公式の構造は明快です。

分母 $V - v_s$:音源の運動による効果。音源が近づくと波長が縮み、分母が小さくなるため $f'$ が大きくなる。

分子 $V + v_o$:観測者の運動による効果。観測者が近づくと波との相対速度が増し、分子が大きくなるため $f'$ が大きくなる。

符号を暗記するのではなく、「近づけば振動数は上がる」という物理的意味から符号を判断できます。

状況 $v_s$ $v_o$ $f'$ の変化
音源が近づく、観測者静止 $> 0$ $0$ $f' > f$
音源が遠ざかる、観測者静止 $< 0$ $0$ $f' < f$
音源静止、観測者が近づく $0$ $> 0$ $f' > f$
両方が近づく $> 0$ $> 0$ $f' > f$(最大の変化)

6反射によるドップラー効果

音源から出た音が壁に反射して戻ってくる場合のドップラー効果を考えます。 この問題は、ドップラー効果の2回適用として理解できます。

静止した壁に向かって音源が近づく場合

音源が速度 $v_s$ で静止した壁に近づいているとします。

第1段階:壁を「観測者」と見なすと、壁が受け取る振動数は:

$$f_1 = f \cdot \frac{V}{V - v_s}$$

第2段階:壁が振動数 $f_1$ の音を反射します。壁は新たな「音源」(静止)となり、元の音源は今度は「観測者」(速度 $v_s$ で壁に近づいている)となります。

$$f' = f_1 \cdot \frac{V + v_s}{V} = f \cdot \frac{V}{V - v_s} \cdot \frac{V + v_s}{V} = f \cdot \frac{V + v_s}{V - v_s}$$

反射によるドップラー効果(音源が壁に近づく場合)

$$f' = f \cdot \frac{V + v_s}{V - v_s}$$

反射音の振動数は、直接音の振動数 $f \cdot V/(V - v_s)$ よりさらに高くなる。 ドップラー効果が2回かかるため。
光のドップラー効果との違い

音のドップラー効果では、音源が動く場合と観測者が動く場合で異なる式になります。これは音波が媒質(空気)を伝わるためです。

一方、光(電磁波)には媒質がないため、光のドップラー効果は音源と観測者の相対速度のみに依存します。 さらに、特殊相対性理論の効果(時間の遅れ)により、光のドップラー効果の式は音の場合とは異なる形になります。

$$f'_{\text{light}} = f \sqrt{\frac{1 + v/c}{1 - v/c}}$$

音と光のドップラー効果が異なる式になることは、「音には媒質があるが光にはない」という事実を反映しています。

7つながりマップ

  • ← W-11-1 音の伝わり方と音速:ドップラー効果の公式中の $V$ は、この記事で導出した音速。
  • ← W-11-2 弦の固有振動・気柱の共鳴:音源の振動数 $f$ は、弦や気柱の固有振動で決まる。
  • → W-11-4 うなり:ドップラー効果で振動数がわずかに変化した2つの音が重なると、うなりが生じる。
  • → A-20 光の粒子性:光のドップラー効果は相対論的ドップラー効果であり、音のドップラー効果とは本質的に異なる。

📋まとめ

  • 音源の運動は波長を変化させる:$\lambda' = (V - v_s)/f$、$f' = fV/(V - v_s)$
  • 観測者の運動は波の受信速度を変化させる:$f' = f(V + v_o)/V$
  • 両方が動く場合の統一公式:$f' = f \cdot (V + v_o)/(V - v_s)$
  • 音源の運動と観測者の運動は物理的に異なるメカニズム。媒質が存在するため、相対速度だけでは決まらない
  • 反射によるドップラー効果はドップラー効果の2回適用として理解できる
  • 符号を暗記する代わりに、「近づけば振動数が上がる」という物理的意味から判断できる

確認テスト

Q1. 音源が観測者に近づくとき、音源の前方の波長はどう変化しますか。

▶ クリックして解答を表示波長が短くなる。音源が1周期の間に $v_s/f$ だけ前進するため、波が圧縮されて $\lambda' = (V - v_s)/f$ となる。

Q2. 観測者が音源に近づくとき、なぜ観測振動数が高くなるのですか。

▶ クリックして解答を表示観測者が波に向かって動くため、波との相対速度が $V + v_o$ に増加する。波長は変わらないので、単位時間に受け取る波の数(振動数)が増える。

Q3. 音源の運動と観測者の運動が同じ相対速度でも同じ結果にならない理由は何ですか。

▶ クリックして解答を表示音波は媒質(空気)を伝わるため、音速は媒質に対して一定。音源の運動は波長を変え(分母の効果)、観測者の運動は相対速度を変える(分子の効果)。2つの効果は異なる数学的構造を持つ。

Q4. 反射によるドップラー効果で振動数の変化が大きくなるのはなぜですか。

▶ クリックして解答を表示ドップラー効果が2回適用されるため。最初に音源→壁で振動数が変化し、次に壁→音源(観測者として)でさらに振動数が変化する。

10演習問題

ドップラー効果の公式を、物理的な意味を考えながら使いましょう。

A 基礎レベル

11-3-1 A 基礎 ドップラー効果の計算

音速 $V = 340$ m/s、振動数 $f = 440$ Hz の音源について、次の場合の観測振動数 $f'$ を求めよ。

(1) 音源が 20 m/s で観測者に近づく場合(観測者は静止)。

(2) 観測者が 20 m/s で音源に近づく場合(音源は静止)。

(3) (1) と (2) の結果を比較し、異なる理由を述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $f' = 440 \times \dfrac{340}{340 - 20} = 440 \times \dfrac{340}{320} \approx 467.5$ Hz

(2) $f' = 440 \times \dfrac{340 + 20}{340} = 440 \times \dfrac{360}{340} \approx 465.9$ Hz

(3) わずかに異なる。音源の運動は波長を変え(分母の効果)、観測者の運動は受信速度を変える(分子の効果)。媒質が存在するため、同じ相対速度でも異なる結果になる。

解説

(1) 音源が近づくので分母が $V - v_s = 320$。(2) 観測者が近づくので分子が $V + v_o = 360$。相対速度は同じ 20 m/s だが、結果が異なる。この差は音に媒質が存在することに起因する。

B 発展レベル

11-3-2 B 発展 反射 ドップラー効果の2回適用

音速 $V = 340$ m/s の空気中で、振動数 $f = 1000$ Hz の音源が速度 $v = 30$ m/s で静止した壁に向かって近づいている。次の問いに答えよ。

(1) 壁が受け取る音の振動数 $f_1$ を求めよ。

(2) 壁で反射された音を音源自身が聞くとき、音源が観測する振動数 $f'$ を求めよ。

(3) 音源が聞く直接音の振動数と反射音の振動数の差(うなりの振動数)を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $f_1 = 1000 \times \dfrac{340}{340 - 30} = 1000 \times \dfrac{340}{310} \approx 1096.8$ Hz

(2) $f' = f_1 \times \dfrac{340 + 30}{340} = 1096.8 \times \dfrac{370}{340} \approx 1193.5$ Hz

(3) $f' - f = 1193.5 - 1000 = 193.5$ Hz

解説

(1) 音源→壁:音源が近づくのでドップラー効果で振動数が上がる。

(2) 壁→音源:壁は静止した「音源」、元の音源は壁に近づく「観測者」。再びドップラー効果がかかる。

統一公式を使うと $f' = f \times (V + v)/(V - v) = 1000 \times 370/310 \approx 1193.5$ Hz。

(3) 直接音の $f = 1000$ Hz と反射音の $f' \approx 1194$ Hz のうなりが聞こえる。

採点ポイント
  • 壁が受け取る振動数の計算(2点)
  • 反射音のドップラー効果を正しく適用(3点)
  • うなりの振動数の計算(2点)
  • 2回のドップラー効果の適用を説明(1点)

C 応用レベル

11-3-3 C 応用 音源・観測者の運動の非対称性 論述

音速 $V$ の空気中で、音源の振動数を $f$ とする。次の問いに答えよ。

(1) 音源が速度 $v$ で観測者に近づくときの観測振動数 $f_s'$ と、観測者が速度 $v$ で音源に近づくときの観測振動数 $f_o'$ を、それぞれ $f$、$V$、$v$ で表せ。

(2) $f_s'$ と $f_o'$ の比 $f_s'/f_o'$ を求めよ。$v \ll V$ のとき、この比がどのような値に近づくか示せ。

(3) $v \ll V$ の近似で $f_s' \approx f_o'$ となることの物理的意味を説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $f_s' = fV/(V - v)$、$f_o' = f(V + v)/V$

(2) $f_s'/f_o' = V^2 / [(V-v)(V+v)] = V^2/(V^2 - v^2) = 1/(1 - v^2/V^2)$。$v \ll V$ のとき $v^2/V^2 \approx 0$ なので $f_s'/f_o' \to 1$。

(3) $v \ll V$ のとき、音源と観測者の運動の区別がつかなくなる。これは「媒質に対する速度が十分小さいとき、ガリレイ変換の近似で相対速度のみが意味を持つ」ことに対応する。

解説

(1) 音源の運動:分母に $V - v$。観測者の運動:分子に $V + v$。

(2) $f_s'/f_o' = \dfrac{V/(V-v)}{(V+v)/V} = \dfrac{V^2}{(V-v)(V+v)} = \dfrac{V^2}{V^2 - v^2}$。

$v/V = 0.1$ なら $f_s'/f_o' = 1/(1 - 0.01) \approx 1.01$ であり、約 1% の差。 $v/V = 0.01$ なら差は約 0.01% と極めて小さい。

(3) 音源と観測者の運動が区別できるのは、媒質の存在による。$v \ll V$ の極限では、媒質の効果が無視でき、光のドップラー効果のように相対速度のみで決まる形に近づく。

採点ポイント
  • 2つの振動数の式を正しく表す(2点)
  • 比を $v/V$ で表す(3点)
  • $v \ll V$ での近似を示す(2点)
  • 物理的意味の説明(3点)