第8章 熱力学第一法則

熱と仕事
─ Q = ΔU + W の各項の意味

高校物理では、熱力学第一法則 $Q = \Delta U + W$ を公式として暗記し、各状態変化で代入して使います。 しかし $Q$、$W$ の符号の約束が教科書によって異なり、混乱する人が少なくありません。

大学物理では、熱力学第一法則をエネルギー保存則そのものとして位置づけます。 さらに、$U$(内部エネルギー)は「今の状態」で決まる状態量であるのに対し、 $Q$(熱)と $W$(仕事)は「どういう過程を経たか」で決まる過程量であるという区別を明確にします。

この区別を理解すると、符号の混乱がなくなり、 どんな状態変化にも同じ原理を適用できるようになります。

1高校での扱いを確認する

高校物理では、気体に与えた熱量 $Q$、内部エネルギーの変化 $\Delta U$、気体がした仕事 $W$ の間に

$$Q = \Delta U + W$$

という関係が成り立つと教わります。これが熱力学第一法則です。

高校でのこの公式の使い方を整理します。

  • $Q > 0$:気体が熱を吸収した
  • $W > 0$:気体が外部に仕事をした(膨張)
  • $\Delta U > 0$:内部エネルギーが増加した(温度上昇)

問題演習では、定積変化なら $W = 0$、断熱変化なら $Q = 0$ のように条件を代入して計算します。 この方法は入試問題を解く上で有効です。

ただし、高校の扱いにはいくつかの限界があります。

  • 符号の約束が混乱しやすい。教科書によって $W$ の符号を「気体がした仕事」とするか「気体がされた仕事」とするかが異なる
  • $Q$ と $W$ がなぜ「同じ式に入るのか」が説明されない。熱と仕事はどちらもエネルギーの移動手段であるという本質が見えにくい
  • $U$ と $Q$、$W$ の本質的な違いが区別されない。内部エネルギーは「状態」で決まるが、熱と仕事は「過程」で決まるという違いは高校では扱われない

2大学の視点で何が変わるか

大学物理では、熱力学第一法則をエネルギー保存則の一つの表現として捉えます。 高校との違いを対比で見てみましょう。

高校 vs 大学:熱力学第一法則の捉え方
高校:公式として暗記
$Q = \Delta U + W$
符号の約束を覚えて代入する。
大学:エネルギー保存則として理解
$dU = \delta Q - \delta W$
内部エネルギーの変化 = 受け取った熱 - 外にした仕事。
高校:Q, W, ΔU を同列に扱う
3つとも「量」として計算に使う。
大学:状態量と過程量を区別する
$U$ は状態量($d$ で書く)、$Q$, $W$ は過程量($\delta$ で書く)。
高校:仕事 $W = P\Delta V$
定圧変化でのみ使えるシンプルな式。
大学:仕事 $W = \int P\,dV$
P-V図の面積。どんな過程にも使える。
この記事で得られること

符号の混乱がなくなる。 $dU = \delta Q - \delta W$ の形で覚えれば、「系に入るエネルギーが正、系から出るエネルギーが負」という一貫した基準で判断できます。

状態量と過程量の区別がつく。 内部エネルギー $U$ は「今どの状態にいるか」だけで決まります。一方、熱 $Q$ と仕事 $W$ は「どの経路を通ったか」で変わります。 この区別は熱力学の全体像を理解する基盤です。

仕事を積分として理解できる。 $W = \int P\,dV$ はP-V図の面積に対応しており、定圧変化だけでなく任意の過程での仕事を計算できます。

第一法則が「ただのエネルギー保存則」であることが分かる。 特別な法則ではなく、力学のエネルギー保存則と同じ原理を熱現象に適用しただけだと分かります。

3状態量と過程量の違い

大学の熱力学で最も重要な概念の一つが、状態量過程量の区別です。

状態量と過程量

状態量(state function):系の「今の状態」だけで値が決まる量。 内部エネルギー $U$、圧力 $P$、体積 $V$、温度 $T$ がこれに該当します。 出発点と到着点が同じなら、途中の経路によらず変化量は同じです。

過程量(process quantity):系が「どのように変化したか」で値が決まる量。 熱 $Q$ と仕事 $W$ がこれに該当します。 同じ出発点から同じ到着点に行っても、経路が違えば値が異なります。

身近な例で考えてみましょう。

山の高さ(標高)は状態量です。東京から富士山の頂上まで行くとき、どのルートを通っても標高差は同じです。

一方、歩いた距離は過程量です。直線的に登るルートと、ジグザグに登るルートでは、歩く距離は違います。

熱力学でも同じです。気体の状態 A から状態 B に変化するとき:

  • $\Delta U = U_B - U_A$ は経路によらず一定(状態量)
  • $Q$ と $W$ はどの経路を通ったかで異なる(過程量)

ただし、$Q - W = \Delta U$ という関係は常に成り立ちます。 つまり、$Q$ と $W$ は個別には経路に依存しますが、その差 $Q - W$ は経路によらず一定です。 これこそが熱力学第一法則の主張です。

落とし穴:「系の熱量」「系の仕事量」という言い方は正しくない

誤:「この気体は100 Jの熱を持っている」

正:「この過程で気体は100 Jの熱を受け取った」

熱と仕事は過程量なので、「持っている」という言い方は適切ではありません。 熱は「移動中のエネルギー」であり、温度差がある物体間で移動するエネルギーのことです。 仕事も同様に、力が物体を動かすときに移動するエネルギーです。 どちらも「今、系がいくら持っているか」とは言えません。

なぜ $d$ と $\delta$ を使い分けるのか

大学の教科書では、状態量の微小変化を $dU$、過程量の微小量を $\delta Q$、$\delta W$ と書きます。

$d$ は「完全微分」を意味し、始点と終点だけで積分値が決まります。 $\delta$ は「不完全微分」を意味し、経路に依存することを明示します。

この表記の違いは、状態量と過程量の本質的な違いを数学的に反映しています。 高校ではこの区別がないため、$Q$ も $W$ も $\Delta U$ も同じように扱いますが、 大学ではこの違いが理論の根幹に関わります。

4仕事の定義と符号

気体の仕事を正確に定義しましょう。

気体が外部にする仕事

$$W = \int_{V_1}^{V_2} P\,dV$$

気体が体積 $V_1$ から $V_2$ に変化するとき、気体が外部にする仕事。 P-V図において、曲線と $V$ 軸で囲まれた面積に等しい。

符号の意味

この定義から、仕事の符号は自然に決まります。

  • 膨張($V_2 > V_1$):$dV > 0$ なので $W > 0$。気体が外部に正の仕事をする
  • 圧縮($V_2 < V_1$):$dV < 0$ なので $W < 0$。気体が外部に負の仕事をする(= 外部から仕事をされる)

なぜ積分が必要か

高校では定圧変化のとき $W = P\Delta V$ と計算しますが、これは $P$ が一定の場合にのみ成立します。 圧力が体積とともに変化する場合(例:等温変化)には、$P$ と $dV$ の積を足し合わせる(積分する)必要があります。

仕事の導出:ピストンモデル

断面積 $A$ のピストンに圧力 $P$ の気体が入っているとします。

ピストンが微小距離 $dx$ だけ動くとき、気体がピストンにする力は $F = PA$ です。

微小仕事は $\delta W = F\,dx = PA\,dx = P\,dV$($dV = A\,dx$)

全体の仕事は、これを積分して:

$$W = \int_{V_1}^{V_2} P\,dV$$

P-V図と仕事の関係

$W = \int P\,dV$ は、P-V図上で過程を表す曲線の下の面積に等しくなります。 これは非常に重要な対応関係です。

  • 膨張(右向き)→ 面積は正 → $W > 0$
  • 圧縮(左向き)→ 面積は負 → $W < 0$
  • サイクル(閉じた曲線)→ 囲まれた面積 = 1サイクルの正味の仕事

この「面積 = 仕事」の対応は、P-V図を読む最も基本的な見方です。 次の記事(T-8-2)で、各状態変化をP-V図上で具体的に見ていきます。

5微小過程の表現 ─ dU = δQ - δW

大学の熱力学では、熱力学第一法則を微小過程の形で書くことが標準です。

熱力学第一法則(微小過程)

$$dU = \delta Q - \delta W$$

内部エネルギーの微小変化 $dU$ は、系が受け取った微小熱量 $\delta Q$ から、系が外部にした微小仕事 $\delta W$ を引いたもの。 $\delta W = P\,dV$ を代入すると $dU = \delta Q - P\,dV$。

この式の意味を一つずつ確認します。

  • $dU$:内部エネルギーの微小変化。状態量の微小変化なので $d$(完全微分)で書く
  • $\delta Q$:微小な熱の移動。過程量の微小量なので $\delta$(不完全微分)で書く
  • $\delta W$:微小な仕事。過程量の微小量なので $\delta$ で書く

高校の $Q = \Delta U + W$ との関係は単純です。微小過程の式を有限の変化に積分すると:

$$\Delta U = Q - W \quad \Longleftrightarrow \quad Q = \Delta U + W$$

高校の式は、大学の微小過程の式を積分した結果です。 大学では微小過程の式を基本形とすることで、任意の過程に対して柔軟に適用できるようになります。

高校 vs 大学:第一法則の書き方
高校
$Q = \Delta U + W$
有限の変化の式。各変数が何を表すかは文脈で判断。
大学
$dU = \delta Q - \delta W$
微小過程の式。$d$ と $\delta$ で状態量と過程量を区別。
第一法則はエネルギー保存則そのもの

$dU = \delta Q - \delta W$ は、次のことを言っているだけです。

「系の内部エネルギーの変化 = 系に入ったエネルギー - 系から出たエネルギー」

これは力学の「運動エネルギーの変化 = された仕事」と同じ構造です。 熱力学第一法則は、エネルギーの出入りに「熱」という新しい経路を加えただけで、 本質的には力学のエネルギー保存則と変わりません。

落とし穴:符号の約束は教科書による

注意:一部の教科書では $dU = \delta Q + \delta W'$ と書き、$W'$ を「系がされた仕事」とする流儀があります。

対処法:どちらの流儀でも、「系に入るエネルギーを正」と考えれば混乱しません。 本記事では $W$ を「系がした仕事」として $dU = \delta Q - \delta W$ を使います。 これは工学系で標準的な書き方です。

6つながりマップ

熱力学第一法則は、熱力学の全体を貫く基本原理です。ここから多くのテーマに分岐します。

  • ← T-7-3 内部エネルギーと温度:理想気体の内部エネルギー $U = \frac{f}{2}nRT$ の導出。第一法則の $\Delta U$ を具体的に計算するための前提知識。
  • → T-8-2 状態変化とP-Vグラフ:定積・定圧・等温・断熱の各変化を、第一法則 $dU = \delta Q - \delta W$ の特殊ケースとして統一的に扱う。P-V図上の面積で仕事を計算する。
  • → T-8-3 モル比熱と自由度:定積モル比熱 $C_V$ と定圧モル比熱 $C_P$ の関係 $C_P - C_V = R$(マイヤーの関係)を第一法則から導出する。
  • → T-9-1 不可逆過程と熱力学第二法則:第一法則はエネルギーの「量」を保存するが、変化の「向き」は制限しない。第二法則がその向きを決める。

📋まとめ

  • 熱力学第一法則 $dU = \delta Q - \delta W$ はエネルギー保存則そのものである
  • 内部エネルギー $U$ は状態量(今の状態だけで決まる)。熱 $Q$ と仕事 $W$ は過程量(経路で変わる)
  • 状態量の微小変化は $d$、過程量の微小量は $\delta$ で書く。この表記が状態量と過程量の違いを反映している
  • 気体が外部にする仕事は $W = \int P\,dV$ であり、P-V図の面積に等しい
  • 高校の $Q = \Delta U + W$ は、大学の $dU = \delta Q - \delta W$ を有限の変化に積分した結果にすぎない

確認テスト

Q1. 内部エネルギー $U$ が「状態量」であるとは、どういう意味ですか。

▶ クリックして解答を表示系の現在の状態(温度、体積、圧力など)だけで値が決まり、その状態にどのような経路で到達したかには依存しないということ。したがって、始点と終点が同じなら $\Delta U$ は経路によらず一定。

Q2. 熱 $Q$ と仕事 $W$ が「過程量」であるとは何を意味しますか。

▶ クリックして解答を表示$Q$ と $W$ の値は、系がどのような過程(経路)を経て変化したかによって異なるということ。同じ初状態から同じ終状態に到達しても、経路が異なれば $Q$ と $W$ はそれぞれ異なる値をとる。ただし $Q - W = \Delta U$ は経路によらず一定。

Q3. 気体が膨張するとき、$W = \int P\,dV$ の符号は正・負のどちらですか。理由も述べてください。

▶ クリックして解答を表示正。膨張では $V_2 > V_1$ なので $dV > 0$。圧力 $P > 0$ と合わせて被積分関数 $P\,dV > 0$ となり、積分値は正。気体が外部に対して正の仕事をしたことを意味する。

Q4. 大学の教科書で $dU$ と $\delta Q$ のように $d$ と $\delta$ を使い分ける理由は何ですか。

▶ クリックして解答を表示$d$ は完全微分を意味し、状態量(経路に依存しない量)の微小変化に使う。$\delta$ は不完全微分を意味し、過程量(経路に依存する量)の微小量に使う。$U$ は状態量なので $dU$、$Q$ と $W$ は過程量なので $\delta Q$、$\delta W$ と書く。

9演習問題

熱力学第一法則と状態量・過程量の区別を、問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

8-1-1 A 基礎 第一法則の適用

密閉容器中の理想気体に 500 J の熱を加えたところ、気体は外部に対して 200 J の仕事をした。次の問いに答えよ。

(1) 内部エネルギーの変化 $\Delta U$ を求めよ。

(2) この過程で気体の温度は上昇したか、下降したか。理由を述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $\Delta U = Q - W = 500 - 200 = 300$ J

(2) 上昇した。理想気体の内部エネルギーは温度のみの関数であり、$\Delta U > 0$ なので温度は上昇した。

解説

熱力学第一法則 $\Delta U = Q - W$ に $Q = 500$ J、$W = 200$ J を代入。

受け取った熱の一部(200 J)が外部への仕事に使われ、残り(300 J)が内部エネルギーの増加に充てられた。理想気体では $U = \frac{f}{2}nRT$ なので、$U$ の増加は温度の上昇を意味する。

B 発展レベル

8-1-2 B 発展 過程量と経路依存 論述

理想気体を状態 A($P_1, V_1, T_1$)から状態 B($P_2, V_2, T_2$)に変化させる。経路 I は「まず定積変化で圧力を変え、次に定圧変化で体積を変える」。経路 II は「まず定圧変化で体積を変え、次に定積変化で圧力を変える」。次の問いに答えよ。

(1) $\Delta U$ は経路 I と経路 II で同じか異なるか。理由を述べよ。

(2) $W$ は経路 I と経路 II で同じか異なるか。理由を述べよ。

(3) $Q$ は経路 I と経路 II で同じか異なるか。理由を述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 同じ。$U$ は状態量であり、始点 A と終点 B が同じなら $\Delta U = U_B - U_A$ は経路によらない。

(2) 異なる。$W = \int P\,dV$ は経路(P-V図上の曲線)に依存する過程量である。

(3) 異なる。$Q = \Delta U + W$ であり、$\Delta U$ は同じだが $W$ が異なるので、$Q$ も経路ごとに異なる。

解説

(1) 内部エネルギーは状態量なので経路によらない。理想気体では $U$ は温度のみの関数であり、$T_1$ と $T_2$ が決まれば $\Delta U$ は一意に定まる。

(2) 経路 I では定積過程($W = 0$)+ 定圧過程($W = P_2(V_2 - V_1)$)なので $W_I = P_2(V_2 - V_1)$。 経路 II では定圧過程($W = P_1(V_2 - V_1)$)+ 定積過程($W = 0$)なので $W_{II} = P_1(V_2 - V_1)$。 $P_1 \neq P_2$ なら $W_I \neq W_{II}$。

(3) $Q = \Delta U + W$ より、$\Delta U$ が等しくても $W$ が異なれば $Q$ も異なる。

採点ポイント
  • $U$ が状態量であることの説明(2点)
  • $W$ が過程量であることの説明(2点)
  • 各経路での $W$ の具体的な計算(3点)
  • $Q$ が経路に依存する理由の論理的説明(3点)

C 応用レベル

8-1-3 C 応用 仕事の積分計算 等温変化

$n$ mol の理想気体を温度 $T$(一定)で体積 $V_1$ から $V_2$($V_2 > V_1$)に準静的に膨張させる。次の問いに答えよ。

(1) 理想気体の状態方程式を用いて、圧力 $P$ を体積 $V$ で表せ。

(2) この過程で気体が外部にする仕事 $W$ を求めよ。

(3) この過程での $\Delta U$ と $Q$ を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $P = \dfrac{nRT}{V}$

(2) $W = \displaystyle\int_{V_1}^{V_2} P\,dV = \int_{V_1}^{V_2} \frac{nRT}{V}\,dV = nRT \ln\frac{V_2}{V_1}$

(3) 等温変化なので $\Delta U = 0$(理想気体の内部エネルギーは温度のみの関数)。$Q = \Delta U + W = nRT \ln\dfrac{V_2}{V_1}$

解説

(1) 理想気体の状態方程式 $PV = nRT$ を変形して $P = nRT/V$。

(2) $W = \int P\,dV$ に (1) を代入。$T$ は一定なので積分の外に出せる。$\int dV/V = \ln V$ を使って計算。

(3) 理想気体の内部エネルギーは $U = \frac{f}{2}nRT$ であり、温度のみの関数。等温変化では $T$ が一定なので $\Delta U = 0$。第一法則 $Q = \Delta U + W$ より $Q = W$。

つまり、等温膨張では吸収した熱がすべて仕事に変換される。この結果は T-8-2 で等温変化を扱うとき再び登場する。

採点ポイント
  • 状態方程式から $P$ を $V$ で正しく表す(2点)
  • $W = \int P\,dV$ に代入して積分を実行(3点)
  • 等温変化で $\Delta U = 0$ の理由を述べる(2点)
  • $Q = W$ を第一法則から導く(3点)