高校物理では、熱力学第一法則 $Q = \Delta U + W$ を公式として暗記し、各状態変化で代入して使います。
しかし $Q$、$W$ の符号の約束が教科書によって異なり、混乱する人が少なくありません。
大学物理では、熱力学第一法則をエネルギー保存則そのものとして位置づけます。
さらに、$U$(内部エネルギー)は「今の状態」で決まる状態量であるのに対し、
$Q$(熱)と $W$(仕事)は「どういう過程を経たか」で決まる過程量であるという区別を明確にします。
この区別を理解すると、符号の混乱がなくなり、
どんな状態変化にも同じ原理を適用できるようになります。
高校物理では、気体に与えた熱量 $Q$、内部エネルギーの変化 $\Delta U$、気体がした仕事 $W$ の間に
$$Q = \Delta U + W$$
という関係が成り立つと教わります。これが熱力学第一法則です。
高校でのこの公式の使い方を整理します。
問題演習では、定積変化なら $W = 0$、断熱変化なら $Q = 0$ のように条件を代入して計算します。 この方法は入試問題を解く上で有効です。
ただし、高校の扱いにはいくつかの限界があります。
大学物理では、熱力学第一法則をエネルギー保存則の一つの表現として捉えます。 高校との違いを対比で見てみましょう。
符号の混乱がなくなる。 $dU = \delta Q - \delta W$ の形で覚えれば、「系に入るエネルギーが正、系から出るエネルギーが負」という一貫した基準で判断できます。
状態量と過程量の区別がつく。 内部エネルギー $U$ は「今どの状態にいるか」だけで決まります。一方、熱 $Q$ と仕事 $W$ は「どの経路を通ったか」で変わります。 この区別は熱力学の全体像を理解する基盤です。
仕事を積分として理解できる。 $W = \int P\,dV$ はP-V図の面積に対応しており、定圧変化だけでなく任意の過程での仕事を計算できます。
第一法則が「ただのエネルギー保存則」であることが分かる。 特別な法則ではなく、力学のエネルギー保存則と同じ原理を熱現象に適用しただけだと分かります。
大学の熱力学で最も重要な概念の一つが、状態量と過程量の区別です。
状態量(state function):系の「今の状態」だけで値が決まる量。 内部エネルギー $U$、圧力 $P$、体積 $V$、温度 $T$ がこれに該当します。 出発点と到着点が同じなら、途中の経路によらず変化量は同じです。
過程量(process quantity):系が「どのように変化したか」で値が決まる量。 熱 $Q$ と仕事 $W$ がこれに該当します。 同じ出発点から同じ到着点に行っても、経路が違えば値が異なります。
身近な例で考えてみましょう。
山の高さ(標高)は状態量です。東京から富士山の頂上まで行くとき、どのルートを通っても標高差は同じです。
一方、歩いた距離は過程量です。直線的に登るルートと、ジグザグに登るルートでは、歩く距離は違います。
熱力学でも同じです。気体の状態 A から状態 B に変化するとき:
ただし、$Q - W = \Delta U$ という関係は常に成り立ちます。 つまり、$Q$ と $W$ は個別には経路に依存しますが、その差 $Q - W$ は経路によらず一定です。 これこそが熱力学第一法則の主張です。
誤:「この気体は100 Jの熱を持っている」
正:「この過程で気体は100 Jの熱を受け取った」
熱と仕事は過程量なので、「持っている」という言い方は適切ではありません。 熱は「移動中のエネルギー」であり、温度差がある物体間で移動するエネルギーのことです。 仕事も同様に、力が物体を動かすときに移動するエネルギーです。 どちらも「今、系がいくら持っているか」とは言えません。
大学の教科書では、状態量の微小変化を $dU$、過程量の微小量を $\delta Q$、$\delta W$ と書きます。
$d$ は「完全微分」を意味し、始点と終点だけで積分値が決まります。 $\delta$ は「不完全微分」を意味し、経路に依存することを明示します。
この表記の違いは、状態量と過程量の本質的な違いを数学的に反映しています。 高校ではこの区別がないため、$Q$ も $W$ も $\Delta U$ も同じように扱いますが、 大学ではこの違いが理論の根幹に関わります。
気体の仕事を正確に定義しましょう。
$$W = \int_{V_1}^{V_2} P\,dV$$
この定義から、仕事の符号は自然に決まります。
高校では定圧変化のとき $W = P\Delta V$ と計算しますが、これは $P$ が一定の場合にのみ成立します。 圧力が体積とともに変化する場合(例:等温変化)には、$P$ と $dV$ の積を足し合わせる(積分する)必要があります。
断面積 $A$ のピストンに圧力 $P$ の気体が入っているとします。
ピストンが微小距離 $dx$ だけ動くとき、気体がピストンにする力は $F = PA$ です。
微小仕事は $\delta W = F\,dx = PA\,dx = P\,dV$($dV = A\,dx$)
全体の仕事は、これを積分して:
$$W = \int_{V_1}^{V_2} P\,dV$$
$W = \int P\,dV$ は、P-V図上で過程を表す曲線の下の面積に等しくなります。 これは非常に重要な対応関係です。
この「面積 = 仕事」の対応は、P-V図を読む最も基本的な見方です。 次の記事(T-8-2)で、各状態変化をP-V図上で具体的に見ていきます。
大学の熱力学では、熱力学第一法則を微小過程の形で書くことが標準です。
$$dU = \delta Q - \delta W$$
この式の意味を一つずつ確認します。
高校の $Q = \Delta U + W$ との関係は単純です。微小過程の式を有限の変化に積分すると:
$$\Delta U = Q - W \quad \Longleftrightarrow \quad Q = \Delta U + W$$
高校の式は、大学の微小過程の式を積分した結果です。 大学では微小過程の式を基本形とすることで、任意の過程に対して柔軟に適用できるようになります。
$dU = \delta Q - \delta W$ は、次のことを言っているだけです。
「系の内部エネルギーの変化 = 系に入ったエネルギー - 系から出たエネルギー」
これは力学の「運動エネルギーの変化 = された仕事」と同じ構造です。 熱力学第一法則は、エネルギーの出入りに「熱」という新しい経路を加えただけで、 本質的には力学のエネルギー保存則と変わりません。
注意:一部の教科書では $dU = \delta Q + \delta W'$ と書き、$W'$ を「系がされた仕事」とする流儀があります。
対処法:どちらの流儀でも、「系に入るエネルギーを正」と考えれば混乱しません。 本記事では $W$ を「系がした仕事」として $dU = \delta Q - \delta W$ を使います。 これは工学系で標準的な書き方です。
熱力学第一法則は、熱力学の全体を貫く基本原理です。ここから多くのテーマに分岐します。
Q1. 内部エネルギー $U$ が「状態量」であるとは、どういう意味ですか。
Q2. 熱 $Q$ と仕事 $W$ が「過程量」であるとは何を意味しますか。
Q3. 気体が膨張するとき、$W = \int P\,dV$ の符号は正・負のどちらですか。理由も述べてください。
Q4. 大学の教科書で $dU$ と $\delta Q$ のように $d$ と $\delta$ を使い分ける理由は何ですか。
熱力学第一法則と状態量・過程量の区別を、問題で確認しましょう。
密閉容器中の理想気体に 500 J の熱を加えたところ、気体は外部に対して 200 J の仕事をした。次の問いに答えよ。
(1) 内部エネルギーの変化 $\Delta U$ を求めよ。
(2) この過程で気体の温度は上昇したか、下降したか。理由を述べよ。
(1) $\Delta U = Q - W = 500 - 200 = 300$ J
(2) 上昇した。理想気体の内部エネルギーは温度のみの関数であり、$\Delta U > 0$ なので温度は上昇した。
熱力学第一法則 $\Delta U = Q - W$ に $Q = 500$ J、$W = 200$ J を代入。
受け取った熱の一部(200 J)が外部への仕事に使われ、残り(300 J)が内部エネルギーの増加に充てられた。理想気体では $U = \frac{f}{2}nRT$ なので、$U$ の増加は温度の上昇を意味する。
理想気体を状態 A($P_1, V_1, T_1$)から状態 B($P_2, V_2, T_2$)に変化させる。経路 I は「まず定積変化で圧力を変え、次に定圧変化で体積を変える」。経路 II は「まず定圧変化で体積を変え、次に定積変化で圧力を変える」。次の問いに答えよ。
(1) $\Delta U$ は経路 I と経路 II で同じか異なるか。理由を述べよ。
(2) $W$ は経路 I と経路 II で同じか異なるか。理由を述べよ。
(3) $Q$ は経路 I と経路 II で同じか異なるか。理由を述べよ。
(1) 同じ。$U$ は状態量であり、始点 A と終点 B が同じなら $\Delta U = U_B - U_A$ は経路によらない。
(2) 異なる。$W = \int P\,dV$ は経路(P-V図上の曲線)に依存する過程量である。
(3) 異なる。$Q = \Delta U + W$ であり、$\Delta U$ は同じだが $W$ が異なるので、$Q$ も経路ごとに異なる。
(1) 内部エネルギーは状態量なので経路によらない。理想気体では $U$ は温度のみの関数であり、$T_1$ と $T_2$ が決まれば $\Delta U$ は一意に定まる。
(2) 経路 I では定積過程($W = 0$)+ 定圧過程($W = P_2(V_2 - V_1)$)なので $W_I = P_2(V_2 - V_1)$。 経路 II では定圧過程($W = P_1(V_2 - V_1)$)+ 定積過程($W = 0$)なので $W_{II} = P_1(V_2 - V_1)$。 $P_1 \neq P_2$ なら $W_I \neq W_{II}$。
(3) $Q = \Delta U + W$ より、$\Delta U$ が等しくても $W$ が異なれば $Q$ も異なる。
$n$ mol の理想気体を温度 $T$(一定)で体積 $V_1$ から $V_2$($V_2 > V_1$)に準静的に膨張させる。次の問いに答えよ。
(1) 理想気体の状態方程式を用いて、圧力 $P$ を体積 $V$ で表せ。
(2) この過程で気体が外部にする仕事 $W$ を求めよ。
(3) この過程での $\Delta U$ と $Q$ を求めよ。
(1) $P = \dfrac{nRT}{V}$
(2) $W = \displaystyle\int_{V_1}^{V_2} P\,dV = \int_{V_1}^{V_2} \frac{nRT}{V}\,dV = nRT \ln\frac{V_2}{V_1}$
(3) 等温変化なので $\Delta U = 0$(理想気体の内部エネルギーは温度のみの関数)。$Q = \Delta U + W = nRT \ln\dfrac{V_2}{V_1}$
(1) 理想気体の状態方程式 $PV = nRT$ を変形して $P = nRT/V$。
(2) $W = \int P\,dV$ に (1) を代入。$T$ は一定なので積分の外に出せる。$\int dV/V = \ln V$ を使って計算。
(3) 理想気体の内部エネルギーは $U = \frac{f}{2}nRT$ であり、温度のみの関数。等温変化では $T$ が一定なので $\Delta U = 0$。第一法則 $Q = \Delta U + W$ より $Q = W$。
つまり、等温膨張では吸収した熱がすべて仕事に変換される。この結果は T-8-2 で等温変化を扱うとき再び登場する。