高校物理では、力の合成を平行四辺形の法則で、分解を作図で処理します。
これは視覚的に分かりやすく、2力の合成や直交分解では十分に使える道具です。
大学物理では、力をベクトルの成分で表し、合成は成分の足し算、つりあいは連立方程式として扱います。
作図に頼らないため、3力以上が複雑な角度で作用する場合でも機械的に解けるようになります。
この記事では、高校の平行四辺形の法則がベクトル加法の特殊な場合にすぎないことを示し、
成分表示を使うと力のつりあい問題が系統的に解けることを具体例で確認します。
高校物理では、力の合成と分解を次のように扱います。
この方法の特徴を整理しておきます。
高校の方法で十分な場面も多くあります。 しかし、力の数が増えたり角度が一般的になったりすると、作図だけでは限界が見えてきます。
大学物理では、力の合成・分解をベクトルの成分表示として統一的に扱います。 M-1-3で学んだベクトルの成分表示がここで威力を発揮します。
力の合成を「成分の足し算」として実行できるようになる。 平行四辺形を描く必要がなくなり、何力であっても同じ方法で合力を求められます。
つりあい条件を連立方程式として立てられるようになる。 $\sum F_x = 0$、$\sum F_y = 0$ という2本の方程式に帰着させることで、未知の力や角度を求められます。
ラミの定理がなぜ成り立つか理解できる。 「覚える公式」から「導ける結果」に変わります。
高校の「三角形の方法」の根拠を説明できるようになる。 ベクトルの加法として見ることで、なぜ3力が三角形を作るのかが分かります。
M-1-3で学んだように、ベクトルは成分で表すことができます。 力もベクトルですから、同じ方法が使えます。
大きさ $F$ で、$x$ 軸正の方向から角度 $\theta$ の方向に作用する力 $\vec{F}$ は:
$$\vec{F} = (F_x,\, F_y) = (F\cos\theta,\, F\sin\theta)$$
2つの力 $\vec{F}_1 = (F_{1x},\, F_{1y})$ と $\vec{F}_2 = (F_{2x},\, F_{2y})$ の合力は、成分ごとに足すだけです。
$$\vec{F}_1 + \vec{F}_2 = (F_{1x} + F_{2x},\, F_{1y} + F_{2y})$$
これは $N$ 個の力に対しても同様です。
$$\vec{F}_{\text{合}} = \sum_{i=1}^{N} \vec{F}_i = \left(\sum_{i=1}^{N} F_{ix},\, \sum_{i=1}^{N} F_{iy}\right)$$
高校で学ぶ「平行四辺形の法則」は、ベクトルの加法を幾何学的に表現したものです。
2つのベクトルを成分で足すと、その結果はまさに平行四辺形の対角線に一致します。 つまり、平行四辺形の法則は「成分の足し算」を図で描いたものにすぎません。
大学の視点からは、平行四辺形の法則はベクトル加法の一つの表現であり、 成分表示という別の表現のほうが計算には便利であるということになります。
誤:力ごとに「水平方向からの角度」「鉛直方向からの角度」を混在させる
正:$x$ 軸正の方向を基準として、反時計回りを正と統一する
角度の基準がばらばらだと $\cos$ と $\sin$ が入れ替わり、符号ミスの原因になります。 座標系を設定したら、すべての力を同じ基準で成分に分解してください。
物体が静止している(あるいは等速直線運動している)とき、物体に作用する力の合力は $\vec{0}$ です。 これがつりあいの条件です。
$$\sum \vec{F} = \vec{0} \quad \Longleftrightarrow \quad \begin{cases} \sum F_x = 0 \\ \sum F_y = 0 \end{cases}$$
高校で教わる「3力のつりあいでは3力が三角形を作る」という方法は、ベクトル加法から説明できます。
3つの力 $\vec{F}_1$、$\vec{F}_2$、$\vec{F}_3$ がつりあうとき:
$$\vec{F}_1 + \vec{F}_2 + \vec{F}_3 = \vec{0}$$
これは $\vec{F}_1 + \vec{F}_2 = -\vec{F}_3$ と書き換えられます。 つまり、$\vec{F}_1$ と $\vec{F}_2$ を順に「矢印をつなげて」足した結果が $-\vec{F}_3$($\vec{F}_3$ と逆向き)になります。
$\vec{F}_1$、$\vec{F}_2$、$\vec{F}_3$ を順にベクトルとしてつなげると、出発点に戻ってきます。 これが「3力が閉じた三角形を作る」ことの意味です。
同じ論理は $N$ 個の力にも拡張できます。 $N$ 個の力がつりあうとき、$\vec{F}_1 + \vec{F}_2 + \cdots + \vec{F}_N = \vec{0}$ なので、 力のベクトルを順につなげると閉じた多角形を作ります。
3力なら三角形、4力なら四角形。しかし、多角形の作図は $N$ が大きくなると非現実的です。 成分表示による連立方程式のほうが、はるかに実用的です。
高校物理では、3力のつりあいに関する便利な公式としてラミの定理を学びます。 ここでは、つりあい条件の成分表示からラミの定理を導出します。
1点に3つの力 $\vec{F}_1$、$\vec{F}_2$、$\vec{F}_3$ が作用してつりあっているとき、 各力の対角(その力と反対側にできる角度)を $\alpha_1$、$\alpha_2$、$\alpha_3$ とすると:
$$\frac{F_1}{\sin\alpha_1} = \frac{F_2}{\sin\alpha_2} = \frac{F_3}{\sin\alpha_3}$$
3力がつりあうので、$\vec{F}_1 + \vec{F}_2 + \vec{F}_3 = \vec{0}$ です。
これは $\vec{F}_1 + \vec{F}_2 = -\vec{F}_3$ と書けるので、3力は閉じた三角形を作ります。
この三角形に正弦定理を適用します。三角形の辺の長さは $F_1$、$F_2$、$F_3$ であり、 各辺の対角(三角形の内角)は $\pi - \alpha_1$、$\pi - \alpha_2$、$\pi - \alpha_3$ です。
正弦定理より:
$$\frac{F_1}{\sin(\pi - \alpha_1)} = \frac{F_2}{\sin(\pi - \alpha_2)} = \frac{F_3}{\sin(\pi - \alpha_3)}$$
$\sin(\pi - \alpha) = \sin\alpha$ なので:
$$\frac{F_1}{\sin\alpha_1} = \frac{F_2}{\sin\alpha_2} = \frac{F_3}{\sin\alpha_3}$$
ラミの定理は、3力のつりあいが作る三角形(ベクトルの加法から来る)に、 高校数学で学ぶ正弦定理を適用しただけの結果です。
このように見れば、ラミの定理は「暗記すべき特別な公式」ではなく、 「ベクトルのつりあい + 正弦定理」という2つの既知の道具を組み合わせた帰結であることが分かります。
誤:4力以上のつりあいにもラミの定理を使おうとする
正:ラミの定理は正弦定理から導かれるので、三角形 = 3力のつりあい専用
4力以上のつりあいでは、成分表示による連立方程式を使う必要があります。 成分表示はラミの定理より汎用的な道具です。
成分表示の真価は、複数の力が一般的な角度で作用する場面で発揮されます。 具体例で確認しましょう。
傾き $\theta$ の斜面上に質量 $m$ の物体が静止しています。 物体には重力 $mg$(鉛直下向き)、垂直抗力 $N$(斜面に垂直)、静止摩擦力 $f$(斜面に沿って上向き)が作用します。
座標系の選択:斜面に沿う方向を $x$ 軸(上向き正)、斜面に垂直な方向を $y$ 軸(斜面から離れる向き正)とします。
各力の成分を書き下します。
| 力 | $x$ 成分(斜面方向) | $y$ 成分(斜面垂直方向) |
|---|---|---|
| 重力 $mg$ | $-mg\sin\theta$ | $-mg\cos\theta$ |
| 垂直抗力 $N$ | $0$ | $N$ |
| 静止摩擦力 $f$ | $f$ | $0$ |
つりあい条件 $\sum F_x = 0$、$\sum F_y = 0$ を適用します。
$$x:\quad f - mg\sin\theta = 0 \quad \Longrightarrow \quad f = mg\sin\theta$$
$$y:\quad N - mg\cos\theta = 0 \quad \Longrightarrow \quad N = mg\cos\theta$$
成分表示を使えば、力のつりあいは表を作って成分を書き出し、各成分の和を $0$ とおく連立方程式に帰着します。 力の数が増えても、表の行が増えるだけで手順は変わりません。
上の例で、もし水平・鉛直を座標軸に選んでいたら、垂直抗力 $N$ と摩擦力 $f$ の両方に三角関数が必要になり、 式が複雑になります。
斜面に沿った座標系を選ぶと、垂直抗力と摩擦力の成分が単純になります。 座標系は問題に合わせて自由に選べます。計算が楽になる方向を選ぶのがコツです。
力の合成・分解のベクトル表現は、力学のさまざまな場面で基盤となります。
Q1. 大きさ $5$ N で $x$ 軸から $60°$ の方向に作用する力の $x$ 成分と $y$ 成分を求めてください。
Q2. 力のつりあい条件を成分表示で書いてください。
Q3. 3力のつりあいで「三角形の方法」が成り立つ理由を、ベクトルの加法を用いて説明してください。
Q4. ラミの定理はどのような場面でのみ使える公式ですか。その理由も述べてください。
力の合成・分解と、つりあい条件の成分表示を実際の問題で確認しましょう。
次の2力の合力の大きさと方向を成分表示を用いて求めよ。
$\vec{F}_1$:大きさ $6$ N、$x$ 軸正の方向
$\vec{F}_2$:大きさ $8$ N、$x$ 軸から $90°$ の方向($y$ 軸正の方向)
合力の大きさ $F = 10$ N、$x$ 軸からの角度 $\theta = \arctan\dfrac{4}{3} \approx 53.1°$
$\vec{F}_1 = (6,\, 0)$、$\vec{F}_2 = (0,\, 8)$
合力 $\vec{F} = (6 + 0,\, 0 + 8) = (6,\, 8)$
$F = \sqrt{6^2 + 8^2} = \sqrt{100} = 10$ N
$\tan\theta = 8/6 = 4/3$ より $\theta \approx 53.1°$
傾き $30°$ の滑らかな斜面上に質量 $2.0$ kg の物体が置かれ、斜面に沿った上向きの力 $T$ で引かれて静止している。重力加速度を $g = 9.8$ m/s$^2$ とする。
(1) 斜面に沿う方向と垂直な方向を座標軸にとり、各力の成分を書け。
(2) つりあい条件から $T$ と垂直抗力 $N$ を求めよ。
(1) 重力:$(-mg\sin 30°,\, -mg\cos 30°)$、垂直抗力:$(0,\, N)$、張力:$(T,\, 0)$
(2) $T = mg\sin 30° = 9.8$ N、$N = mg\cos 30° = 9.8\sqrt{3} \approx 17.0$ N
斜面方向を $x$ 軸(上向き正)、斜面垂直方向を $y$ 軸に取ります。
$x$ 方向:$T - mg\sin 30° = 0$ より $T = 2.0 \times 9.8 \times 0.5 = 9.8$ N
$y$ 方向:$N - mg\cos 30° = 0$ より $N = 2.0 \times 9.8 \times \dfrac{\sqrt{3}}{2} = 9.8\sqrt{3} \approx 17.0$ N
天井の2点 A, B から2本の糸で質量 $m$ の物体を吊り下げている。糸 A が鉛直方向となす角は $30°$、糸 B が鉛直方向となす角は $60°$ である。
(1) 成分表示による連立方程式を立て、糸 A の張力 $T_A$ と糸 B の張力 $T_B$ を $m$, $g$ で表せ。
(2) ラミの定理を使って同じ結果が得られることを確認せよ。
(1) $T_A = \dfrac{\sqrt{3}}{2}\,mg$、$T_B = \dfrac{1}{2}\,mg$
(2) ラミの定理からも同じ結果が得られる(下記参照)。
(1) 成分表示による方法
水平方向を $x$ 軸(右向き正)、鉛直方向を $y$ 軸(上向き正)に取ります。
$x$:$-T_A\sin 30° + T_B\sin 60° = 0$ → $-\dfrac{1}{2}T_A + \dfrac{\sqrt{3}}{2}T_B = 0$
$y$:$T_A\cos 30° + T_B\cos 60° - mg = 0$ → $\dfrac{\sqrt{3}}{2}T_A + \dfrac{1}{2}T_B = mg$
第1式より $T_A = \sqrt{3}\,T_B$。第2式に代入して $\dfrac{3}{2}T_B + \dfrac{1}{2}T_B = mg$ → $T_B = \dfrac{1}{2}mg$。
$T_A = \sqrt{3} \times \dfrac{1}{2}mg = \dfrac{\sqrt{3}}{2}mg$。
(2) ラミの定理による方法
3力($T_A$、$T_B$、$mg$)がつりあっています。各力の対角は:
$T_A$ の対角($T_B$ と $mg$ のなす角)= $180° - 60° = 120°$
$T_B$ の対角($T_A$ と $mg$ のなす角)= $180° - 30° = 150°$
$mg$ の対角($T_A$ と $T_B$ のなす角)= $30° + 60° = 90°$
ラミの定理:$\dfrac{T_A}{\sin 120°} = \dfrac{T_B}{\sin 150°} = \dfrac{mg}{\sin 90°}$
$\dfrac{mg}{\sin 90°} = mg$ より、$T_A = mg\sin 120° = \dfrac{\sqrt{3}}{2}mg$、$T_B = mg\sin 150° = \dfrac{1}{2}mg$。
成分表示による結果と一致しました。