第17章 電磁誘導

相互誘導と変圧器

高校物理では、変圧器の公式 $V_1/V_2 = N_1/N_2$ を学び、巻数比で電圧が変わることを知ります。 相互誘導は「一方のコイルの電流変化が他方に起電力を生む」という概念的な説明にとどまります。

大学物理では、相互インダクタンス $M$ という量を導入して、2つのコイル間の電磁的な結合を定量化します。 $V_2 = -M\dfrac{dI_1}{dt}$ が基本式であり、変圧器の公式 $V_1/N_1 = V_2/N_2$ はファラデーの法則から直接導かれます。 さらに、$M_{12} = M_{21}$ という相反定理が成り立つことを示します。

この記事では、相互インダクタンスの定義から変圧器の原理までを体系的に学びます。

1高校での扱いを確認する

高校物理では、変圧器と相互誘導を次のように学びます。

  • 2つのコイルが共通の鉄心に巻かれた装置が変圧器(トランス)
  • 1次コイルの電圧 $V_1$ と2次コイルの電圧 $V_2$ の比は巻数比に等しい:$\dfrac{V_1}{V_2} = \dfrac{N_1}{N_2}$
  • 理想変圧器ではエネルギー損失がなく、$V_1 I_1 = V_2 I_2$(電力保存)
  • 相互誘導は「一方のコイルの電流が変化すると、他方に起電力が生じる」と概念的に説明される

この知識で入試問題は解けますが、「なぜ $V_1/V_2 = N_1/N_2$ が成り立つのか」「相互誘導の大きさを定量的にどう表すか」は高校の範囲外です。

2大学の視点で何が変わるか

高校 vs 大学:相互誘導と変圧器
高校:変圧器の公式を暗記
$V_1/V_2 = N_1/N_2$
なぜこの式が成り立つかは説明されない。
大学:ファラデーの法則から導出
共通磁束 $\Phi$ を使って直接導ける
公式の成り立ちが分かるので、条件も分かる。
高校:相互誘導は定性的な理解
「電流変化で起電力が生じる」程度。
大学:相互インダクタンス $M$ で定量化
$V_2 = -MdI_1/dt$。$M$ は幾何学的な量。
高校:1次と2次は非対称に見える
1次が原因、2次が結果、というイメージ。
大学:$M_{12} = M_{21}$(相反定理)
どちらが1次でも同じ $M$。対称な関係。
この記事で得られること

相互インダクタンス $M$ の意味が分かる。 2つのコイル間の電磁的な結合の強さを1つの量 $M$ で表せるようになります。

変圧器の公式を「導ける」ようになる。 $V_1/N_1 = V_2/N_2$ がファラデーの法則から直接導かれることを理解し、この公式が成り立つ条件も分かります。

相反定理 $M_{12} = M_{21}$ が分かる。 どちらのコイルが1次でも相互インダクタンスは同じであるという対称性を理解します。

3相互インダクタンスの定義

2つのコイル(コイル1とコイル2)が近くに置かれているとします。 コイル1に電流 $I_1$ を流すと、コイル1は磁場を作り、その磁場の一部がコイル2を貫きます。

相互インダクタンスの定義

$$\Phi_{21} = MI_1$$

$\Phi_{21}$:コイル1の電流 $I_1$ によってコイル2を貫く全磁束。 比例定数 $M$ を相互インダクタンス(単位:H)と呼びます。 $M$ は2つのコイルの形状、配置、周囲の媒質で決まる幾何学的な量です。

コイル1の電流 $I_1$ が時間変化すると、コイル2を貫く磁束 $\Phi_{21}$ も変化します。 ファラデーの法則により、コイル2に起電力が誘導されます。

相互誘導起電力

$$\text{EMF}_2 = -\frac{d\Phi_{21}}{dt} = -M\frac{dI_1}{dt}$$

コイル1の電流の変化率に $M$ を掛けたものが、コイル2に誘導される起電力です。 自己誘導の式 $V_L = -LdI/dt$ と同じ構造であることに注目してください。

自己インダクタンス $L$ が「自分自身の電流変化による磁束変化」を表すのに対し、 相互インダクタンス $M$ は「他のコイルの電流変化による磁束変化」を表します。

4相反定理

相互インダクタンスには重要な対称性があります。

相反定理(Neumann の公式より)

$$M_{12} = M_{21} = M$$

コイル1の電流がコイル2に作る磁束と、コイル2の電流がコイル1に作る磁束は、電流が同じなら磁束も同じです。 つまり、どちらを「1次」にしても相互インダクタンスの値は変わりません。

これは直感的には自明ではありません。 2つのコイルの形状や巻数が全く異なっていても、$M_{12} = M_{21}$ が成り立ちます。

相反定理の直感的理解

コイル1に電流 $I$ を流したとき、コイル2を貫く磁束を $\Phi_{21}$ とします。$M_{12} = \Phi_{21}/I$ です。

逆に、コイル2に同じ電流 $I$ を流したとき、コイル1を貫く磁束を $\Phi_{12}$ とします。$M_{21} = \Phi_{12}/I$ です。

Neumann の公式を使うと、$M_{12}$ と $M_{21}$ は同じ二重線積分で表され、積分の順序を入れ替えても値が変わらないことから $M_{12} = M_{21}$ が示されます。

厳密な証明は大学の電磁気学の教科書に譲りますが、結果は明確です:相互インダクタンスは2つのコイルの共有する性質であり、どちらの視点で見ても同じ値です。

結合係数

相互インダクタンス $M$ の大きさには上限があります。

$$M \leq \sqrt{L_1 L_2}$$

等号は2つのコイルが完全に結合している(一方が作る磁束がすべて他方を貫く)場合に成立します。 比 $k = M/\sqrt{L_1 L_2}$($0 \leq k \leq 1$)を結合係数と呼びます。 理想変圧器は $k = 1$ に対応します。

5変圧器の原理

変圧器は、共通の鉄心に巻かれた2つのコイルから成ります。 鉄心の透磁率が高いため、1次コイルが作る磁束のほぼすべてが2次コイルを貫きます($k \approx 1$)。

変圧器の公式の導出

ファラデーの法則からの導出

鉄心中の磁束を $\Phi$ とします(共通磁束)。

1次コイル(巻数 $N_1$)に誘導される起電力は

$$V_1 = -N_1 \frac{d\Phi}{dt}$$

2次コイル(巻数 $N_2$)に誘導される起電力は

$$V_2 = -N_2 \frac{d\Phi}{dt}$$

両式から $d\Phi/dt$ を消去すると

$$\frac{V_1}{N_1} = \frac{V_2}{N_2}$$

すなわち

$$\frac{V_1}{V_2} = \frac{N_1}{N_2}$$

変圧器の公式はファラデーの法則の直接的帰結

変圧器の公式 $V_1/V_2 = N_1/N_2$ は、暗記すべき独立した公式ではありません。 「同じ磁束変化 $d\Phi/dt$ が両コイルに共通」であるという条件のもとで、ファラデーの法則から自動的に導かれます。

この導出から、公式が成り立つ条件も明確になります: (1) 鉄心を通じて磁束が完全に共有される(漏れ磁束がない)、 (2) 鉄心でのエネルギー損失がない。 これらの条件が崩れると、実際の変圧器は理想的な巻数比の関係からずれます。

6理想変圧器と電力保存

理想変圧器の電力保存

$$V_1 I_1 = V_2 I_2$$

理想変圧器ではエネルギー損失がないため、1次側に入力される電力と2次側から出力される電力は等しくなります。

$V_1/V_2 = N_1/N_2$ と $V_1 I_1 = V_2 I_2$ を組み合わせると、電流比も求まります。

$$\frac{I_1}{I_2} = \frac{V_2}{V_1} = \frac{N_2}{N_1}$$

つまり、昇圧すると電流は減り、降圧すると電流は増えます。 これはエネルギー保存則の帰結であり、電圧を上げても電力(エネルギーの供給率)は増えません。

落とし穴:「変圧器でエネルギーが増える」という誤解

誤:「変圧器で電圧を10倍にすれば、エネルギーが10倍になる」

正:電圧が10倍になると電流は $1/10$ になるため、電力 $P = VI$ は変わりません。 変圧器はエネルギーを増やす装置ではなく、電圧と電流の比率を変換する装置です。 エネルギー保存則は破れません。

送電における変圧器の役割

発電所から家庭まで電力を送る際、送電線の抵抗によるジュール熱損失は $P_{\text{loss}} = I^2 R$ です。 同じ電力 $P = VI$ を送る場合、電圧 $V$ を高くすれば電流 $I = P/V$ は小さくなり、送電損失 $I^2 R = P^2 R/V^2$ を大幅に減らせます。

そのため、発電所では変圧器で数十万ボルトに昇圧して送電し、消費地で降圧して使います。 変圧器がなければ、効率的な電力輸送は不可能です。

7つながりマップ

  • ← E-17-1 ファラデーの電磁誘導の法則:変圧器の公式は共通磁束に対してファラデーの法則を適用したもの。
  • ← E-17-3 自己誘導とインダクタンス:自己インダクタンス $L$ の概念を2コイル系に拡張したのが相互インダクタンス $M$。$V = -LdI/dt$ と $V_2 = -MdI_1/dt$ は同じ構造。
  • → E-18-1 交流の発生:変圧器は交流で動作する。交流の起電力がどのように生成されるかを次章で学ぶ。
  • ← E-17-2 レンツの法則:相互誘導の起電力の向き(マイナス符号)はレンツの法則に基づく。

📋まとめ

  • 相互インダクタンス $M$ は $\Phi_{21} = MI_1$ で定義される。2つのコイル間の電磁的結合の強さを表す量
  • 相互誘導起電力は $\text{EMF}_2 = -M\dfrac{dI_1}{dt}$。自己誘導の式 $V_L = -LdI/dt$ と同じ構造
  • 相反定理:$M_{12} = M_{21}$。どちらのコイルが1次でも $M$ の値は同じ
  • 変圧器の公式 $V_1/V_2 = N_1/N_2$ はファラデーの法則の直接的帰結。共通磁束が鍵
  • 理想変圧器では電力保存 $V_1 I_1 = V_2 I_2$。昇圧すると電流は減り、エネルギーは増えない

確認テスト

Q1. 相互インダクタンス $M$ の定義式を書き、その物理的意味を述べてください。

▶ クリックして解答を表示$\Phi_{21} = MI_1$。$M$ はコイル1に電流 $I_1$ を流したときにコイル2を貫く磁束と電流の比例定数であり、2つのコイル間の電磁的な結合の強さを表す幾何学的な量です。

Q2. 相反定理 $M_{12} = M_{21}$ は何を意味しますか。

▶ クリックして解答を表示コイル1の電流がコイル2に作る磁束の比例定数と、コイル2の電流がコイル1に作る磁束の比例定数は等しいということです。形状や巻数が異なる2つのコイルでも成り立ちます。どちらを「1次コイル」にしても相互インダクタンスは同じ値です。

Q3. 変圧器の公式 $V_1/V_2 = N_1/N_2$ が成り立つ条件を述べてください。

▶ クリックして解答を表示(1) 鉄心を通じて磁束が両コイルに完全に共有される(漏れ磁束がない)こと。(2) 鉄心でのエネルギー損失(ヒステリシス損、渦電流損)がないこと。これらの条件のもとで、共通の $d\Phi/dt$ にファラデーの法則を適用すると公式が得られます。

Q4. 変圧器で電圧を5倍に昇圧した場合、電流と電力はどうなりますか。

▶ クリックして解答を表示電流は $1/5$ に減少します。電力は $P = VI$ なので、$V$ が5倍、$I$ が $1/5$ 倍となり、電力は変わりません。変圧器はエネルギーを増やす装置ではなく、電圧と電流の比率を変換する装置です。

10演習問題

相互インダクタンスと変圧器に関する問題に取り組みましょう。

A 基礎レベル

17-4-1 A 基礎 変圧器の計算

理想変圧器の1次コイルの巻数が $N_1 = 500$、2次コイルの巻数が $N_2 = 50$ である。1次側に $100$ V の交流電圧を加えた。次の問いに答えよ。

(1) 2次側の電圧 $V_2$ を求めよ。

(2) 2次側に $5\,\Omega$ の負荷を接続したとき、2次側の電流 $I_2$ を求めよ。

(3) 1次側の電流 $I_1$ を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $V_2 = V_1 \times N_2/N_1 = 100 \times 50/500 = 10$ V

(2) $I_2 = V_2/R = 10/5 = 2$ A

(3) $I_1 = V_2 I_2 / V_1 = 10 \times 2 / 100 = 0.2$ A

解説

(1) $V_1/V_2 = N_1/N_2$ より $V_2 = 100 \times 50/500 = 10$ V(降圧変圧器)。

(2) オームの法則より $I_2 = 10/5 = 2$ A。

(3) 電力保存 $V_1 I_1 = V_2 I_2$ より $I_1 = (10 \times 2)/100 = 0.2$ A。電圧が $1/10$ に降圧されると電流は $10$ 倍に増加し、電力は保存されます。

B 発展レベル

17-4-2 B 発展 相互誘導 起電力

相互インダクタンス $M = 0.05$ H で結合した2つのコイルがある。コイル1に $I_1(t) = 3\sin(100t)$ A の交流電流を流した。$\sin(100t)$ の微分は $100\cos(100t)$ である。次の問いに答えよ。

(1) コイル2に誘導される起電力 $\text{EMF}_2(t)$ を求めよ。

(2) 誘導起電力の最大値を求めよ。

(3) 相反定理を用いて、もしコイル2に同じ電流 $I_2(t) = 3\sin(100t)$ A を流した場合にコイル1に誘導される起電力を求めよ。

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解答

(1) $\text{EMF}_2 = -M\dfrac{dI_1}{dt} = -0.05 \times 300\cos(100t) = -15\cos(100t)$ V

(2) $|\text{EMF}_2|_{\max} = 15$ V

(3) 相反定理 $M_{12} = M_{21} = M$ より、コイル1にも $\text{EMF}_1 = -15\cos(100t)$ V が誘導される。

解説

(1) $dI_1/dt = 3 \times 100\cos(100t) = 300\cos(100t)$。$\text{EMF}_2 = -0.05 \times 300\cos(100t) = -15\cos(100t)$ V。

(2) $\cos$ 関数の最大値は $1$ なので、$|\text{EMF}_2|_{\max} = 15$ V。

(3) 相反定理により $M$ の値は変わらないので、全く同じ大きさの起電力が誘導されます。2つのコイルの形状や巻数が異なっていても、$M$ は対称な量です。

採点ポイント
  • 三角関数の微分を正しく計算(3点)
  • 起電力の式を正しく導出(3点)
  • 相反定理の適用(4点)

C 応用レベル

17-4-3 C 応用 変圧器 送電 論述

発電所から $P = 1.0 \times 10^6$ W の電力を、抵抗 $R = 10\,\Omega$ の送電線を通して送電する。次の問いに答えよ。

(1) 送電電圧が $V = 1000$ V のとき、送電線での電力損失を求めよ。送電効率(消費地に届く電力の割合)も求めよ。

(2) 変圧器で $V = 100{,}000$ V に昇圧して送電した場合の電力損失と送電効率を求めよ。

(3) (1) と (2) の結果を比較し、昇圧して送電する理由をエネルギー保存の観点から説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $I = P/V = 10^6/10^3 = 1000$ A。$P_{\text{loss}} = I^2 R = 10^6 \times 10 = 1.0 \times 10^7$ W。送電効率 $= (P - P_{\text{loss}})/P$。損失が送電電力を超えており、送電不可能。

(2) $I = P/V = 10^6/10^5 = 10$ A。$P_{\text{loss}} = 10^2 \times 10 = 1000$ W。送電効率 $= (10^6 - 10^3)/10^6 = 99.9\%$。

(3) 送電損失は $I^2 R = P^2 R/V^2$ であり、電圧の2乗に反比例する。電圧を100倍にすると損失は $1/10000$ になる。変圧器は電力を保存したまま電圧を変換するため、昇圧により電流を減らして送電損失を大幅に削減できる。

解説

(1) $I = P/V = 10^6/1000 = 1000$ A。$P_{\text{loss}} = (1000)^2 \times 10 = 10^7$ W = 10 MW。これは送電電力 1 MW の 10 倍であり、送電線だけで発電電力をすべて消費してしまい、実際には送電できません。

(2) $I = 10^6/10^5 = 10$ A。$P_{\text{loss}} = 100 \times 10 = 1000$ W = 1 kW。送電効率は $(10^6 - 10^3)/10^6 = 99.9\%$。

(3) $P_{\text{loss}} = I^2 R = (P/V)^2 R = P^2 R/V^2$。電圧を $n$ 倍にすると損失は $1/n^2$ に減少します。変圧器はエネルギーを増やすのではなく、$V$ と $I$ の比率を変えることで同じ電力をより少ない電流で送り、$I^2 R$ 損失を抑えます。これがエネルギー保存を破らずに効率を上げるメカニズムです。

採点ポイント
  • 各場合の電流と損失の計算(3点 + 3点)
  • $P_{\text{loss}} \propto 1/V^2$ の関係の導出(2点)
  • エネルギー保存の観点からの説明(2点)