高校物理では、X線を「波長の短い電磁波」として学び、連続X線と特性X線が存在すること、
結晶によるX線回折(ブラッグの条件 $2d\sin\theta = n\lambda$)を扱います。
大学物理では、X線の発生メカニズムをより深く理解します。
連続X線は制動放射(加速度を持つ荷電粒子が電磁波を放射する現象)として説明され、
その最短波長 $\lambda_{\min} = hc/(eV)$ はエネルギー保存則から直ちに導けます。
特性X線は原子の内殻電子の遷移として理解されます。
この記事では、光電効果やコンプトン散乱で学んだ光子の概念を使って、
X線の発生と性質を統一的に理解します。
特に、連続X線の最短波長の導出は光電効果の「逆過程」として見ることができます。
高校物理では、X線について次のように学びます。
高校の範囲では、連続X線がなぜ連続的な波長分布を持つのか、 なぜ最短波長が存在するのか、特性X線がなぜ特定の波長でのみ現れるのかは十分に説明されません。
大学物理では、X線の発生メカニズムを電磁気学と量子論の両面から理解します。
連続X線の最短波長を導出できる。 $\lambda_{\min} = hc/(eV)$ をエネルギー保存則から自分で導けるようになります。 これは光電効果の式 $h\nu = W + K_{\max}$ の逆過程にほかなりません。
制動放射の物理を理解できる。 加速度を持つ荷電粒子が電磁波を放射するという古典電磁気学の結果と、 光子のエネルギー量子化を組み合わせて、連続X線のスペクトルを理解します。
特性X線の起源を理解できる。 内殻電子の遷移という原子物理の概念と結びつけて、 なぜ特定の波長でピークが現れるかを説明できるようになります。
X線管では、加熱された陰極(フィラメント)から飛び出した電子を、電位差 $V$(管電圧)で加速し、 金属ターゲット(陽極)に衝突させます。 加速された電子の運動エネルギーは $eV$ です。
電子がターゲットの原子核の電場に入ると、クーロン力により急減速(加速度の変化)を受けます。 古典電磁気学によれば、加速度を持つ荷電粒子は電磁波を放射します。 この現象を制動放射(bremsstrahlung、ドイツ語で「ブレーキの放射」)と呼びます。
電子が失うエネルギーの大きさは、原子核にどれだけ近づくかによって異なります。 そのため、放射される光子のエネルギーは連続的な分布を持ち、これが連続X線です。
電子の運動エネルギー $eV$ がすべて1個の光子のエネルギーに変換される場合、 放射される光子のエネルギーは最大となり、波長は最短になります。
エネルギー保存則より、電子の運動エネルギーが光子のエネルギーに変換されます。
最短波長の場合(電子の運動エネルギーが全て1個の光子に変換):
$$eV = h\nu_{\max} = \frac{hc}{\lambda_{\min}}$$
$$\boxed{\lambda_{\min} = \frac{hc}{eV}}$$
$$\lambda_{\min} = \frac{hc}{eV}$$
光電効果では、光子のエネルギーが電子の運動エネルギーに変換されます($h\nu \to K + W$)。
X線の発生では、逆に電子の運動エネルギーが光子のエネルギーに変換されます($eV \to h\nu$)。
この2つは同じエネルギー保存則の表と裏です。 光電効果を理解していれば、X線の最短波長の式は新たに覚える必要はなく、同じ論理で導けます。
誤解:「ターゲットの金属を変えると最短波長が変わる」
正しい理解:$\lambda_{\min} = hc/(eV)$ は管電圧 $V$ のみに依存し、ターゲットの金属の種類には依存しません。 ターゲットが変わると特性X線の波長は変わりますが、連続X線の最短波長は管電圧だけで決まります。
連続X線のスペクトルに重なって、特定の波長に鋭いピークが現れることがあります。 これが特性X線(characteristic X-rays)です。
特性X線の発生過程は次の通りです。
放射される光子のエネルギーは、遷移に関与する2つのエネルギー準位の差で決まります。 エネルギー準位は原子ごとに固有なので、特性X線の波長はターゲット金属に固有です。
| 名称 | 遷移 | 説明 |
|---|---|---|
| $K_\alpha$ 線 | L殻 → K殻 | K殻の空孔にL殻の電子が遷移 |
| $K_\beta$ 線 | M殻 → K殻 | K殻の空孔にM殻の電子が遷移 |
| $L_\alpha$ 線 | M殻 → L殻 | L殻の空孔にM殻の電子が遷移 |
$K_\beta$ 線は $K_\alpha$ 線よりもエネルギー差が大きいため、波長が短く(エネルギーが高く)なります。
特性X線の波長は元素ごとに固有であるため、物質にX線を照射して放出される特性X線を分析すれば、 その物質に含まれる元素を特定できます。 この手法は蛍光X線分析と呼ばれ、金属の成分分析や考古学の遺物分析などに広く使われています。
X線が波であることを示す決定的な証拠が、結晶によるX線回折です。 1912年にラウエが結晶によるX線回折を発見し、X線が電磁波であることが確認されました。
結晶は原子が規則正しく配列した構造を持ちます。 間隔 $d$ の平行な格子面にX線が入射角 $\theta$ で当たるとき、 隣り合う格子面で反射された2つのX線の経路差を考えます。
隣り合う2つの格子面で反射されるX線の経路差を求めます。
下の格子面で反射されるX線は、上の格子面で反射されるX線に比べて、余分に $2d\sin\theta$ だけ長い経路を通ります。
2つのX線が強め合う条件は、経路差が波長の整数倍であること:
$$\boxed{2d\sin\theta = n\lambda \quad (n = 1, 2, 3, \ldots)}$$
$$2d\sin\theta = n\lambda$$
ブラッグの条件は、X線の波動性を示す証拠であると同時に、 結晶構造を調べるための強力なツールでもあります。 $d$ が既知の結晶を使えば $\lambda$ を測定でき(X線分光)、 $\lambda$ が既知のX線を使えば $d$ を測定できます(結晶構造解析)。
誤解:「$\theta$ は格子面の法線と入射X線のなす角」
正しい理解:ブラッグの条件の $\theta$ は、格子面と入射X線のなす角(すれすれ角)です。 光学での反射の法則における入射角(法線からの角)とは定義が異なります。 法線からの角を $\alpha$ とすると $\theta = 90° - \alpha$ の関係にあり、 $\sin\theta = \cos\alpha$ となります。
X線の発生と性質は、光の粒子性と波動性の両面を含む内容です。
Q1. 連続X線と特性X線の発生メカニズムの違いを簡潔に述べてください。
Q2. 連続X線の最短波長 $\lambda_{\min}$ を管電圧 $V$ を使って表してください。
Q3. $K_\alpha$ 線と $K_\beta$ 線ではどちらの波長が短いですか。その理由も述べてください。
Q4. ブラッグの条件 $2d\sin\theta = n\lambda$ における $\theta$ は何の角度ですか。
X線の発生と回折に関する計算問題です。
管電圧 $V = 50$ kV のX線管について、以下を求めよ。$h = 6.6 \times 10^{-34}$ J$\cdot$s、$c = 3.0 \times 10^{8}$ m/s、$e = 1.6 \times 10^{-19}$ C とする。
(1) 加速された電子の運動エネルギーを求めよ。
(2) 発生する連続X線の最短波長 $\lambda_{\min}$ を求めよ。
(3) 管電圧を2倍にすると、最短波長はどうなるか。
(1) $K = eV = 1.6 \times 10^{-19} \times 50 \times 10^{3} = 8.0 \times 10^{-15}$ J
(2) $\lambda_{\min} = \dfrac{hc}{eV} = \dfrac{6.6 \times 10^{-34} \times 3.0 \times 10^{8}}{8.0 \times 10^{-15}} = 2.5 \times 10^{-11}$ m $= 0.025$ nm
(3) $\lambda_{\min}$ は $V$ に反比例するので、管電圧を2倍にすると最短波長は $1/2$ 倍($0.0125$ nm)になる。
(1) 電子の運動エネルギーは $eV$ です。$V$ を kV 単位から V 単位に変換します。
(2) $\lambda_{\min} = hc/(eV)$ に代入します。
(3) $\lambda_{\min} = hc/(eV)$ より $\lambda_{\min} \propto 1/V$ です。
格子面間隔 $d = 0.28$ nm の結晶に波長 $\lambda = 0.15$ nm のX線を照射する。
(1) 1次の回折($n = 1$)が観測される角度 $\theta$ を求めよ。
(2) 2次の回折($n = 2$)は観測可能か。理由を述べよ。
(3) この結晶で回折が観測される最大の次数 $n$ を求めよ。
(1) $\sin\theta = \dfrac{n\lambda}{2d} = \dfrac{1 \times 0.15}{2 \times 0.28} = 0.268$
$\theta = \arcsin(0.268) \approx 15.5°$
(2) $\sin\theta = \dfrac{2 \times 0.15}{2 \times 0.28} = 0.536$、$\theta \approx 32.4°$。$\sin\theta \leq 1$ なので観測可能。
(3) $\sin\theta \leq 1$ より $n \leq \dfrac{2d}{\lambda} = \dfrac{2 \times 0.28}{0.15} = 3.73$。$n$ は正の整数なので $n_{\max} = 3$。
ブラッグの条件 $2d\sin\theta = n\lambda$ を $\sin\theta$ について解くと $\sin\theta = n\lambda/(2d)$ です。
$\sin\theta$ は物理的に $1$ 以下でなければならないので、$n\lambda/(2d) \leq 1$ つまり $n \leq 2d/\lambda$ が条件です。
管電圧 $V$ のX線管から発生する連続X線の最短波長 $\lambda_{\min}$ と、仕事関数 $W$ の金属に光を照射したときの光電効果について考える。
(1) X線発生における最短波長の式 $\lambda_{\min} = hc/(eV)$ を、エネルギー保存の観点から導出せよ。
(2) 光電効果の式 $h\nu = W + K_{\max}$ と上の式を比較し、両者の物理的な関係を説明せよ。
(3) 管電圧 $V = 30$ kV のX線管から発生する最短波長のX線を、仕事関数 $W = 4.5$ eV の金属に照射した場合、飛び出す電子の最大運動エネルギーを eV 単位で求めよ。
(1) 電子の運動エネルギー $eV$ が全て1個の光子のエネルギーに変換される極限を考える。エネルギー保存より $eV = hc/\lambda_{\min}$。これを $\lambda_{\min}$ について解くと $\lambda_{\min} = hc/(eV)$。
(2) X線の発生は「電子の運動エネルギー → 光子のエネルギー」の変換であり、光電効果は「光子のエネルギー → 電子の運動エネルギー + 仕事関数」の変換である。両者はエネルギー変換の向きが逆の過程であり、同じエネルギー保存則に基づいている。X線の発生は光電効果の逆過程と見なすことができる。
(3) 最短波長のX線の光子エネルギーは $h\nu_{\max} = eV = 30 \times 10^3$ eV $= 30{,}000$ eV。 光電効果の式より $K_{\max} = h\nu - W = 30{,}000 - 4.5 = 29{,}995.5$ eV $\approx 3.0 \times 10^4$ eV。
(1) エネルギー保存の観点から、電子のエネルギーが光子に変換される最も効率的な場合を考えます。
(2) 両方の過程でエネルギーの担い手が「電子の運動エネルギー」と「光子のエネルギー」であり、変換の方向が逆であることを明確に述べます。
(3) X線の光子エネルギー($30$ keV)に対して仕事関数($4.5$ eV)は無視できるほど小さいため、飛び出す電子のエネルギーはほぼ $30$ keV となります。